猫伝染性腹膜炎(FIP)はつい最近まで不治の病とされていました。プレドニゾロン、シクロスポリン、インターフェロン、クロロキン 、イベルメクチン、イトラコナゾールなど様々な薬が試されましたが、実際にFIPを治療するには至りませんでした。

しかし2019年頃から中国から当初はサプリメントとしてある薬が流通されるようになり、一定の効果があることがわかってきました。半信半疑だった獣医師の間でも、この薬は今ではかなり認知されています。治療薬が出てから3年、現在までにわかってきたことをまとめようと思います。

1.FIPについて

FIPはこちらのページにもまとめています。FIPの原因ウィルスである猫コロナウィルスは通常、感染しても無症状ですが、ごく稀に体内でFIPウィルスに変異することでFIPが発症します。猫コロナウィルスは人のコロナ(Covid-19)が流行する前から、猫の間で蔓延していました。
FIPの特徴として、若齢(2歳未満)の発症が多いこと、腹水など貯留液が貯まること、非常に予後が悪く無治療ではほぼ死亡すること、などが挙げられます。FIPは長らく特効薬がなく、ステロイド療法などで症状が緩和されるものの、不治の病とされてきました。

2.FIPの治療薬の発端

抗ウィルス薬の開発は2000年代から行われており、これは人のエボラウィルスやインフルエンザウィルスへの対抗策として研究が進められていました。のちに人の新型コロナウィルス(Covid-19)の治療薬として承認されている「レムデシビル」や「モルヌピラビル」といった薬への開発に繋がります。

Covid-19の流行が起こる少し前、抗ウィルス薬GC376 が初めてFIPの治療に成功します。ですが、眼や神経症状を併発する猫に対しては効果があまり出ませんでした。その次に、レムデシビルの活性型(効果がある状態)であるGS-441524が自然発生のFIP猫に使用する研究が行われ、神経症状があるFIPにも効果があることが報告されました。(2)

しかしGS-441524の共同研究をしていた製薬会社ギリアド・サイエンシズはさらなる猫への研究を行いませんでした。(なぜ行わなかったのか、(3)の引用出典に少し書いてありますが、Covid-19の出現が影響している可能性があります)

その間に中国内でGS-441524(?)、もしくはその類似物質と思われる薬が製造され、FIPの未承認動物薬として日本からでも購入できるようになりました。これらの商品についての是非についてはここでは論じませんが、GS-441524そのものであったら特許の侵害になりますし、非常に高価なため中国のブラックマーケットに資金が流れている危険性が指摘されています。

その後GS-441524以外にもモルヌピラビルもFIPに対して効果があることがわかってきており、他の抗ウィルス薬も今後有効性が確認されるかもしれません。

3.作用機序

・GS-441524

ウィルスが複製するときの遺伝子配列を混乱させて、ウィルスの複製を阻害します。GS-441524のプロドラッグであるレムデシビルは日本のCovid-19に対して承認されていますが、2022年7月時点では動物用に流通していません。またレムデシビルは点滴薬です。

・モルヌピラビル

この薬もウィルス内に侵入し、設計図となる遺伝子コードにエラーを起こし、ウィルスが正常に複製できなくなることで効果を発します。やはり動物用には流通していません。

4.治療効果

・MutianX

MutianXというのは中国製の未承認薬の1つです。MutianXの日本での使用データがまとめられて報告されています。有効成分であるMT0901の分子式はGS-441524と同一であると記述されています。この薬の治療により116/141 頭(82.3%)が生存しました。興味深い点として、血液の総ビリルビン値が予後因子になっており、治療前にこの数値が4.0mg/dlを超えると生存率が急激に低下したと報告しています。副作用は下痢などの消化器症状と、肝臓機能不全が報告されています。(5)

・モルヌピラビル

オフィシャルな論文ではなく、FIP Warriors CZ/SK というサイトに掲載されています。258/286頭(90.2%)が8週間の投与で治癒しました。治癒後、3〜5ヶ月フォローしたところ、再発はみられませんでした。8週間という期間は、人のCovid-19の5日間投与と比べるとかなり長いです。副作用については明らかになっていませんが、長期間投与する必要があるため変異原性があり発がん性が懸念されています。(4) またGS-441524とモルヌピラビルは、作用機序が異なるため、片方の薬に耐性ができても、もう一方の薬が有効な可能性があります。

5.診断も変わる?

FIPの診断はこちらにまとめていますが、FIPの診断はPCR検査でウィルスを検出するか、病理組織検査、そして除外診断(他の病気の可能性を否定する)です。ドライタイプの場合、臨床的な特徴からほぼほぼFIPであることは間違いないが、確定が困難な状況はしばしば遭遇します。

このような場合は試験的治療を行うことが、病理検査など手術を必要な方法の代わりになる可能性があります。抗ウィルス薬の治療効果は24時間〜48時間で表れ、その後2週間ほどで急速に元気になるからです。仮に短期間で反応がなければ他の疾患であることを示唆します。(6)ただし各薬の長期的な副作用は不明なため、原則的には従来の方法で診断する方が望ましいでしょう。

まとめ

他の獣医師と話していても約8〜9割ほどは効果があるという認識があり、これらの結果と一致します。FIPの中でも眼や神経の症状を持っている場合は治りにくく、その理由として目と脳にはバリアー(血液-眼および血液-脳関門)があり、薬届きにくいためです。その場合は投与量を増やしますが、それでも生存率が76~80%に落ちます。

50年以上FIPは不治の病でしたので、これらの薬の登場は獣医界でも大きなニュースになりました。更なる研究で長期的な予後や副作用について明らかになること、そして適正な流通ルートと価格で使用できるようになることを願います。

参考資料

1・Murphy, B. G., Perron, M., Murakami, E., Bauer, K., Park, Y., Eckstrand, C., … & Pedersen, N. C. (2018). The nucleoside analog GS-441524 strongly inhibits feline infectious peritonitis (FIP) virus in tissue culture and experimental cat infection studies. Veterinary microbiology219, 226-233.

2・Pedersen, Niels C., et al. “Efficacy and safety of the nucleoside analog GS-441524 for treatment of cats with naturally occurring feline infectious peritonitis.” Journal of feline medicine and surgery 21.4 (2019): 271-281.

3・Pedersen, Niels C. “The long history ofBeta-d-N4-hydroxycytidine and its modern application to treatment of Covid-19 in people and FIP in cats.” (2021).

4・FIP Warriors CZ/SK https://www.fipwarriors.eu/en/eidd-2801-molnupiravir/

5・Katayama, M., & Uemura, Y. (2021). Therapeutic Effects of Mutian® Xraphconn on 141 Client-Owned Cats with Feline Infectious Peritonitis Predicted by Total Bilirubin Levels. Veterinary Sciences8(12), 328.

6 ・Pedersen, N. C. (2022). History of Feline infectious Peritonitis 1963-2022–First description to Successful Treatment.

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