当院では猫医療の進歩のため、新しい治療法を開発する研究に協力しています。現在、慢性腎臓病の猫の貧血に対する治験を募集しておりますので、その概要について説明します。

1.そもそも治験とは?

動物病院で使われる薬は農林水産省の承認を得なければ行けません。そして承認を得るには、薬の効果と安全性について調べる必要があり、それを「治療の臨床試験」といい略して治験といいます。

治験には段階があり、まず健康な猫に対して治験薬を投与し、薬の吸収や排泄、安全性を試験します。それをパスしたあと、実際にその薬が必要な猫、今回の場合は慢性腎臓病により貧血を起こしている猫、に投与し、実際の効果、有効性を測定します。

また治験は公平、そして安全に行われるためにルールと審査機関があります。

・GCP:医薬品の臨床試験の実施の基準

治験を行うには守らなければならない国際基準のルールです。参加する動物の安全、福祉が保護され、倫理的で科学的に行われることが定めれています。

・IRB:治験審査委員会

治験が本当に安全で、有効性が期待できるものなのか、審査する組織です。委員には医学者、薬学者の他、宗教家、弁護士など他の分野の専門家から構成されており、科学的かつ倫理的な治験プログラムか否か、審査します。

 

2.今回の治験薬の特徴

腎臓には尿を作り、体に不要なものを排泄する以外にも、赤血球を作るために必要な「エリスロポイエチン(EPO)」というホルモンを作る働きもあります。しかし、慢性腎臓病になるとこのエリスロポイエチンを作る機能も低下し、貧血に陥ってしまいます。これを腎性貧血といいます。

腎性貧血の治療方法は、エリスロポイエチンを注射して、赤血球を作るよう促します。しかし、現在猫のエリスロポイエチンは開発されていないため、人のエリスロポイエチンしか使うことができません。

人エリスロポイエチンでもある程度効果は期待できますが、猫に投与すると、抗体が作られてしまうことがあります。抗体ができてしまうと、人エリスロポイエチンを注射しても効果がなく、また元々猫の体内で作られている猫エリスロポイエチンの働きも阻害し、さらに貧血が進んでしまう危険性があります。

エリスロポイエチンはアミノ酸が連なってできている

エリスロポイエチンは「アミノ酸」から作られていますが、人エリスロポイエチンと猫エリスロポイエチンはアミノ酸の順番が一部異なります。このアミノ酸の種類と順番が違うことが、抗体ができてしまう原因です。今回の治験は、猫エリスロポイエチンが開発されたため、その効果と安全性を調べることが目的です。

期待される新薬の効果

・同じアミノ酸配列なので、より効果が高いと考えられる

・同じアミノ酸配列なので、より副作用が少ない(抗体が作られにくい)と考えられる

3.治験の注意事項

3.1 安全性

今回の治験薬は健康な猫に対しての効果(赤血球の増加)、安全性は確認されていますが、腎性貧血の猫に対しては今回の治験で調べていくことになります。上記のように多方面からチェックが入り、科学的、倫理的に適切なプログラムしか実施することは許されませんが、すでに承認されている薬よりは安全性の保証が弱いことは事実です。

3.2 スケジュール管理

薬の効果を公平に評価するため、定期的な投薬と検査のため、通常の治療よりも来院頻度が多く、また日時の指定が厳格になる可能性があります。またどうしてもスケジュールが合わない場合、治験のプログラムから外れる可能性があります。

4.最後に

今回の治験に参加できる条件としては慢性腎臓病を患っていて貧血を発症している猫です。そのほか、細かい条件は直接お問い合わせください。(例:人エリスロポイエチンを使用したことがある猫は参加できない)

治験に対する考え方は千差万別です。ポジティブな意見としては「理論的に優れた効果が期待できるのであればその薬を使いたい」、「猫医療の発展のために協力したい」など。ネガティブな意見としては、「安全性が確証されていない薬を愛猫に使うことは抵抗がある」「来院の負担が増えるのは受け入れがたい」など。抵抗がある場合は無理に参加する必要は全くありません。

その他、治験薬は基本的に無料で、検査の一部も負担されます。人エリスロポイエチンも高価なので、経済的な負担を減らすことができます。治験に参加する場合は、納得のいくまで説明を受け、その上で参加するか決めましょう。詳しい話を聞きたいという方は当院までお問い合わせください。

 

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