IRISとは国際獣医腎臓病研究グループ(International Renal Interest Society)の頭文字をとったもので「アイリス」と呼びます。小動物(主に猫と犬)の腎臓病に対する科学的理解を深めることを目的に1998年に設立されました。11カ国の専門家15名が主体となり、日本からも麻布大学の渡辺俊文先生が発足時からのメンバーとして参加されています。

IRIS Webサイト

 

IRISのステージ分類といえば、町の動物病院の獣医師をやっていて知らない人はいないぐらい有名な腎臓病の進行度を表す指標です。IRISは4〜5年ごとにガイドラインを更新しており、2019年に改訂版が公開されましたので、過去との変更点をまとめようと思います。猫の腎臓病について全体像はこちらにまとめてあります。

 

1.SDMAがステージングに正式に採用

これまでステージ分類はクレアチニンの数値で決まっていたので、大きな変更点です。SDMA(対称性ジメチルアルギニン Symmetric dimethylation of arginine)とは近年新たに開発された腎機能のマーカーで、腎機能が40%失われた段階で、数値が上がり始めるのが特徴です。既存の腎臓マーカーであるクレアチニンは腎機能の75%が失われた段階で上昇するとされており、より早い段階で腎機能の低下を検出できる可能性があります。

 2015年版ではSDMAはクレアチニンの補助として採用されていました。クレアチニンは筋肉量に影響されるので、痩せている猫では低くなる傾向にあります。そのためSDMAを測ることでクレアチニンの欠点を補いましょう、という位置付けでした。

一方、2019年版では正式にステージングに採用されており、基準値も再定義されています。またクレアチニンとSDMAのステージが異なった場合は①筋肉量を考慮すること②2〜4週間後に再検査すること、それでもステージが異なる場合はより高いステージを認識することを検討、と記述されています。

2.ステージ1の基準がわかりやすくなった

 

2015年度版の診断チャートでは「クレアチニンが1.6未満で、腎臓病の強い根拠がある場合をステージ1」とありますが、この強い根拠というのが獣医師からしても何を示しているかわかりにくかったです。

おそらく腎毒性のある植物や薬に接触した経歴や、蛋白尿、尿比重の低下を意味していると解釈していました。

一方で2019年度版ではより具体的に上画像のように定義されています。その他には低比重尿(猫のみ)、病理検査での異常などが補足として記述されています。①〜④について個別に解説します。

例えば当院が使用している血液検査の機器(IDEXX:カタリスト)ではクレアチニンの基準値は0.8~2.4mg/dlに設定されています。この範囲の中でも以前と比べてクレアチニンまたはSDMAが上昇している状態は早期の腎臓病の可能性があります。そのため定期検診をして、個々の猫ちゃんの基準値を知っておくことが重要です。

クレアチニンが正常でもSDMAが複数回に渡って参考基準値以上を示している場合です。猫のSDMAは14ug/dl未満を基準としていますが、上グラフのように連続して14ug/dl以上を示していると腎臓病のステージ1の可能性があります。

SDMAは15~20%は生理的に変動するため、1回だけ異常値が出ても腎臓病とはいえないので持続的に高いというのが重要です。

③画像上の腎臓の異常

猫のレントゲン写真。青丸:腎臓

慢性腎臓病の猫は腎臓が小さくなっていく傾向にあります。それ以外にも腎臓に嚢胞ができてしまう多発性嚢胞腎(下図)や水腎症などが画像上の異常として見つかることがしばしばあります。

腎臓の超音波画像。多発性嚢胞腎(PKD)
UP/C:尿中蛋白クレアチニン比(Urine Protein Creatinine Ratio)

尿中のタンパク質を測定するUP/Cの数値が0.4よりも高い数字が持続的に出ている状態です。UP/Cは比率なので単位はありません。

通常の検査紙を用いた尿検査ではタンパク質が「+」という単位で出ますが、++以上の場合はUP/Cを測定し、数字を出して診断したほうが良いでしょう。また発熱していたり、血尿の場合はタンパク質が高く出るので注意が必要です。

3.ステージ2以降の診断に尿比重が明文化

以前から尿の濃さ(尿比重)の測定は診断アルゴリズムにもありましたが、2019版ではより明確にステージ2以降の診断として「クレアチニンおよびSDMAの高値」に加えて「尿比重の低下 :<1.035」の両方を満たすこと、と記載されています。

しかし「猫では尿比重は正常でも、クレアチニンやSDMAが上がることもある」と注意書きが入っているように猫では必須というわけではありません。

 

 

4.血圧の正常範囲が10mmHg下がった

以前は血圧が上で150mmHg未満であれば正常でしたが、2019年版では140mmHg未満としています。一方で高血圧、重度高血圧の基準は160mmHg、180mmHgと変化ありません。

猫は病院で緊張しやすく血圧が変動しやすいため(白衣症候群)、10mmHgの違いを正確に測定することは現実的には困難です。そのため現場では結局高血圧以上の基準をみているのでそれほど変化を実感しません。血圧は複数回測ること、そして猫の表情を見極めて評価しなくてはいけません。

 

まとめ

今回のアップデートはSDMAが一番注目されていますが、実は血圧の正常値が変更されていたりと、細かい調整がされています。

治療の方でも、抗血栓の薬にクロピドグレルが追加されていたりと、変更がありました。2015年の前は2009年でしたので、次回は2024年後頃にアップデートがくるでしょうか。

近年では東京大学でも猫の慢性腎臓病の治療の研究が行われていたり、次のアップデートでは治療の面で大きな改革があるとより猫が元気に長生きできるのではと期待しています。

参考資料

IRIS Staging of CKD (modified 2015) (modified 2019)

IRIS Treatment Recommendations for CKD in cats (2015) (2019)

IRIS Pocket Guide to CKD

All About IDEXX SDMA

“ここが変わった!猫の腎臓病 IRIS2015→2019 modified” への1件のコメント

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