以前、猫アトピー性皮膚炎の診断についてまとめましたので今回は治療についての解説です。治療の選択肢は下表の10個があります。治療効果の推奨度とエビデンス質でグレードがあり、基本的には推奨度Aの方法で治療します。個別に解説していきましょう。
・全身性グルココルチコイド
いわゆるステロイド剤と呼ばれる薬です。「全身性」というのは内服または注射で投与するという意味です。複数の報告で強いエビデンスがあり、実際に使用していても実感できる効果があります。即効性もあり、治療効果が分かりやすいため最初に使われることが多いでしょう。
副作用:猫で使用する上で、一番注意すべき副作用は糖尿病です。長期間、高用量で使用すると糖尿病の発症リスクが高まります。その場合は飲水量/尿量の増加が見られます。体重1kgあたり60ml以上水を飲んでいる場合は獣医師に報告しましょう。それ以外には胃腸炎、心疾患の悪化、免疫力の低下、皮膚の菲薄化、体重増加などの副作用があります。猫は犬のように血液検査の肝酵素の上昇は起こしません。
・外用性グルココルチコイド
「外用性」というのはスプレーや、塗り薬を意味します。コルタバンスという犬用のスプレー製剤が、猫でも効果を認めた(7/10頭)という小規模の報告があります(QOE2:SOR B)。実際に使ってみると、全身性ほどは効果が安定しないように感じます。その理由として、スプレーを嫌がる(音と臭い)ため均等に塗布できないからかもしれません。元々は全身性グルココルチコイドの量を減らすために開発された製品なので、全身性と併用することもあります。スプレー以外のクリームの形状でも効果あるのでは、と記述されています(QOE3:SOR C)。
副作用:全身性より副作用が出にくいでしょう。塗った場所に感染症が起こる可能性があります。特に皮膚糸状菌は注意しましょう。スプレー塗布後は乾燥するまで触れないようにしましょう。往々にして猫は舐めようとしてしまいます。
・シクロスポリン
免疫抑制剤の1種です。複数の報告で強いエビデンスがあり、実際に使用していても実感できる効果があります。全身性グルココルチコイドとの違いは効果が出るまで1〜2週間かかることです。また注意点として空腹時の投与が推奨されています。最初は毎日投与ですが、効果が安定してきたら、2〜3日に1回の投与に減らすことができます。
副作用:最も多いのは嘔吐や下痢などの消化器系の副作用です。免疫抑制作用があるため、感染症になりやすくなる可能性があります。特に外出する猫は仕様に注意が必要です。致死的なトキソプラズマ症が全身性に発症したケースが報告されています。それ以外には特に苦い薬であることが知られています。ゼラチンカプセル、液剤、粉末剤が市販されています。個人的にはカプセルが成功率が高く感じます。
・オクラシチニブ
比較的新しい薬で、炎症性サイトカインの産生を減少させ、痒みや赤みを抑えます。グルココルチコイドやシクロスポリンよりも副作用が少ないとされています。犬用の薬ですが、最近では猫でも有効性を示す報告が出ています。個人的には全身性グルココルチコイドやシクロスポリンよりも治療効果が出づらいかな、と感じています。猫は犬よりもこの薬の代謝が早いことがわかっており、投与量や頻度の調整が必要なのかもしれません。
副作用:上記の表では推奨度Aですが、AAHA(アメリカ動物病院協会)のガイドラインでは猫での使用を推奨しないとしています。その理由は長期的な副作用が検証されてないから、です。合併症で他の薬が使えない時(糖尿病で全身性グルココルチコイドが使えない、など)、従来の治療効果が乏しい場合に使用を考慮しても良いでしょう。猫での短期的な副作用の検証では嘔吐や下痢などの消化器症状が報告されています。
・抗ヒスタミン薬
ヒスタミンとはアレルギー反応の時に放出される化学物質です。人では花粉症の薬として知られています。それを抑えるこで症状の軽減を期待します。ただし猫のアトピー様皮膚炎での効果は報告によりまちまちで、単体での効果は限定的とされています。実際に使っていても症状の完全な改善は難しいことが多いです。他の薬と併用して使うと良いでしょう。鎮静効果もあり、それがかゆみのストレスを軽減する可能性があります。
副作用:他の薬に比べて副作用は少ないです。おとなしい、よく寝るなどの鎮静効果が副作用として報告されています。他の薬が使用できない時の選択肢になるでしょう。
・EFA(必須脂肪酸)とPEA(パルミトイルエタノールアミド)
これらはサプリメントですが、ともに抗炎症作用があるとされています。限られた報告ですが、猫のアトピー様皮膚炎に対して使用され、痒みや皮膚炎が改善したと報告されています。全身性グルココルチコイドで症状が治まった後に使用することで、再発しない期間が有意に長かったという報告もあります
副作用:基本的にはありませんが、脂質のため下痢をする可能性があります。
・マロピタント
NK1受容体に作用します。本来は吐きどめの薬ですが、猫のアトピー様皮膚炎の痒みスコアを低下させたという報告があります。NK1受容体に関与するサブスタンスPは嘔吐中枢に作用するだけでなく、痛みや炎症にも関与しているため皮膚炎にも効果があるのではないかと考えられています。
副作用:よく寝る、食欲不振、唾液が増えるなどが記載されています。嘔吐でよく使う薬ですが、副作用の頻度は低いと感じます。
・抗菌薬
猫のアトピー様皮膚炎の症状の1つである、好酸球性局面や無痛性潰瘍を改善させたという報告があります。これは皮膚炎に細菌感染が関与していたからなのか、抗菌薬(報告ではオーグメンチンを使用)による免疫調整作用の結果なのかははっきりしていません。猫は細菌による皮膚炎(膿皮症)は稀であるとされています。
副作用:各抗菌薬によりますが、一般的に消化器症状(嘔吐、下痢)、食欲不振、アレルギー反応などが挙げられます。国際的な抗菌薬のガイドラインでは耐性菌予防から、全身性(内服や注射)ではなく外用性での使用を推奨しています。
・アレルゲン特異的免疫療法(ASIT)
減感作療法とも呼ばれ、一定量のアレルゲンを徐々に増量させながら投与することで、アレルギー反応を起こさなくしていく方法です。猫での治療効果は45〜75%で有効であったとされていますが、いずれもエビデンスレベルが強い報告ではなく、実際の治療効果の判定が困難です。根治的な方法として将来期待されています。
副作用:痒みが増した、注射部位にできものなどが報告されています。また副作用でないですが、半年〜数年に及ぶ治療なので繰り返し病院に通う必要があります。
まとめ
今回、猫のアトピー様皮膚炎の治療を紹介しましたが、総括すると効果が期待できものは全身性グルココルチコイドとシクロスポリンで、オクラシチニブは長期的な副作用が不明なものの一定の効果はある、と言えるでしょう。幸い自身の患者でオクラシチニブによる強い副作用が出た猫さんは経験していません。補助的な治療として抗ヒスタミン薬やEFA/PEAなどのサプリメント、外用グルココルチコイド、マロピタントなどが紹介されています。
その他にAAHAのガイドラインは犬のモノクローナル抗体であるサイトポイント(ロキベトマブ)は猫に使用すると死亡する恐れもあるという記述がありました。同じ病気でも犬と猫、もちろん人も治療方法は違いますので、必ず自己判断で治療しないようにしましょう。そして治療の方針は各獣医師によって異なりますので、必ずかかりつけの獣医師と相談の上、どの薬を選ぶか決定しましょう。
参考資料
・Mueller, Ralf S., et al. “Treatment of the feline atopic syndrome–a systematic review.” Veterinary dermatology 32.1 (2021): 43-e8.
・Miller, Julia, et al. “2023 AAHA Management of Allergic Skin Diseases in Dogs and Cats Guidelines.” Journal of the American Animal Hospital Association 59.6 (2023): 255-284.