2016年のホタテ

当院でも参考にしているWSAVA(世界小動物獣医師会)のワクチンガイドラインが2024年に更新されました。前回が2016年でしたので、久しぶりの改訂になります。更新部位を解説したいのですが、このガイドラインは40ページにも及ぶもので、いくつかに分けて解説していこうと思います。シリーズ①としては「なぜ0歳の猫は3回以上ワクチンを打つのか」について解説します。これ自体は新しい情報ではないのですが、現在でも2回でいいのでは?と聞かれることが多いです。これには母体由来抗体が関係しています。

・母体由来抗体とは

母体由来抗体は母猫から母乳を介して受け取る抗体です。母乳の中でも産後72時間以内のものを初乳と呼び、抗体を多く含むことが知られています。この抗体は母体由来抗体(MDA=Maternaylly Derived Antibody)といいます。母体由来抗体は子猫の体内に入った時が最も多く、8〜16週齢かけて徐々に減っていきます(下グラフ)。

・母体由来抗体の影響

母体由来抗体は感染症から子猫を守ってくれますが、同時にワクチンに対しても効力を発揮します。なぜならワクチンの中には弱ったウィルスや細菌が入っているからです(弱毒生ワクチン)。ワクチンを打っても母体由来抗体が干渉してしまうと、子猫自体の免疫が活性化されません。つまりワクチンの効果を弱めてしまいます。

・「感受性の窓」とは

ここまでの文章を踏まえて、下の図をみてみましょう。生後間も無くは母体由来抗体が守ってくれますが、生後8〜16週齢ごろになると母体由来抗体が低下していきます。一定のレベル(下図では80)を下回ると感染を防ぐには不十分になります。一方で、ワクチンに干渉するレベル(下図では10)以下までは低下していません。この80〜10の間は感染は防げないけどワクチンも効かない期間になり、最も感染しやすい時期になります。この期間を感受性の窓(window of susceptibillity)と呼びます

・なぜワクチンを3回以上打つか

母体由来抗体はほとんどの子猫では8〜12週齢までにワクチンを邪魔しないレベルまで低下しますが、減少するスピードは個体差があります。母体由来抗体が長く残っている猫は12週例以前のワクチンの効果がありません。一方で母体由来抗体が早く消える猫、もしくは初乳の摂取が不十分だった猫は早い時期(6〜8週齢)にワクチンを打つ必要があります。

個々の猫の母体由来抗体の減少スピードを予想することは不可能です。そのため母体由来抗体が早く低下する猫、長く存在する猫、両方に対応するためには6〜8週齢から4週間おきに3回接種する必要があります。

以前はブースター接種(2回打つことでワクチの効果が高まる)のためとされていましたが、現在は1回の生ワクチンでしっかり効果があることがわかっており、3回接種はやはり母体由来抗体の影響を避けるため、というのが最も合理的な理由です。

・まとめ

WSAVAガイドラインは必ずしも従うべきものではありませんが、獣医界では最も信用できるガイドラインの1つと位置付けられています。少しでも母体由来抗体の理解にお役に立てれば幸いです。次回はワクチンと抗体検査について解説していこうと思います。

参考資料

Squires, R. A., et al. “2024 guidelines for the vaccination of dogs and cats–compiled by the Vaccination Guidelines Group (VGG) of the World Small Animal Veterinary Association (WSAVA).” Journal of Small Animal Practice (2024).

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