現在2020年のゴールデンウィークですが、新型コロナウィルス 拡散防止のための緊急事態宣言が発令されており、「STAY HOME」をキーワードに人との接触を減らすよう指示が出ています。当院でも診察間隔を伸ばし、待合室に人が溜まらないようにし、診察数を減らしています。また私自身も休日はずっと家にいます。この時間を使って「STAY HOME and STUDY」と称して、論文の中でも飼い主さんも有益になりそうなものを訳してコメントしようと思います。第一弾はこちらです。

題:イギリスにおける猫オーナーの抗菌薬に対する理解と使用経験の調査

この論文は題名通り、猫オーナーに対して抗菌薬に関する質問をし、統計をとっています。本文を読む前に、せっかくなのでアンケートに参加してみましょう。実際に今回の論文で行われた質問をいくつか抜粋しました。

 

Q1.抗菌薬は猫の細菌性感染症に対して有効である?

Q2.抗菌薬は猫のウィルス性感染症に対して有効である?

Q3.抗菌薬は猫カゼに対して常に処方すべきである?

Q4.耐性菌の出現は近年の人医療で問題となっている?

Q5..耐性菌の出現は近年の猫医療で問題となっている?

Q6.これまで自分の猫に抗菌薬を投与したことがある?

Q7.適正な抗菌薬を選択するための検査に対して費用がかかることに好意的である?

Q8.猫風邪などで病院へいった時に抗菌薬を処方して欲しいと思う?

Q9.長期間服用させる必要がなくても、錠剤や液体よりも自宅で投与する必要がない長期間効果がある注射の抗菌薬の方が良い?

いかがだったでしょうか、Q1~Q5の回答は以下の通りです。Q6~Q9は要約の後にグラフで結果を表示しています。それでは早速要約を読んでいきましょう。

Q1○Q2×Q3×Q4○Q5○

要約 Abstract

目的:猫オーナーの抗菌薬に対する知識と、これまでの愛猫への使用経験そして、抗菌薬の処方に関する意思決定への関与を調査する目的で行いました。

方法:ソーシャルメディアや動物病院を通じて猫オーナーを募集し、一般的な抗菌薬の知識、抗菌薬適正使用支援(AS:※補足1)に対する姿勢、愛猫への抗菌薬の使用経験などを2017年11月~2018年3月の期間調査しました。

結果:全体で1436人の調査をすることができました。17.2%(247人)は獣医学関係の経歴を持っていました(この人たちは専門性のある質問に対する回答は統計から外しています)。回答者の大多数である84%(999人)が抗菌薬は細菌感染を治療すること、そして72.8%(865人)がウィルス感染には効果がないことを正しく理解していました。

92.3%(1097)が人間の医学で耐性菌が問題になっていることを知っていると答えた一方、イギリスで猫の耐性菌が問題になっていることを知っていたのは28.4%(338人)だけでした。70%(832人)の回答者の愛猫が抗生物質を投与したことがありました。また29.6%(246人)は長期間作用型の注射用抗菌薬(※補足2)を投与されていました。

抗菌薬が処方される前に検査を行ったのは38.7%(322名)で、一方検査を提案されたが断った方は1.4%(7名)でした。65.8%(778人)はどの抗菌薬が効果があるか調べる検査に費用を払うことに好意的でした。95.8%(792名)は獣医師のアドバイスと提案に従って良かったと回答している一方で、49.2%(405名)は抗菌薬の処方を期待していたと回答しました。

結論:猫オーナーは抗菌剤の作用について正しい知識を持っていることを示しました。一方で、より多くの猫オーナーに対して猫でも耐性菌が問題になること、検査の重要性を啓蒙し、経口投与のトレーニング、そして獣医師が抗菌剤ガイダンスにのっとった処方をすることが、抗菌薬適性使用支援(AS)プログラムを推進するために必要になるでしょう。抗菌薬を合理的に使用するためには、獣医師と猫オーナーの間に良好なコミュニケーションが必要です。

補足

※1 抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship:AS)

Stewardshipという言葉は「管理責任」という意味の単語で、ASは「抗菌薬を適正に管理し使用し、世界的に問題になっている耐性菌の発現を抑制しよう」という取り組みです。

※2 長期間作用型の注射用抗菌薬

1回の投与で数日間効果が持続する抗菌薬です。最も有名なのはコンベニア注(セフォベシン)で、この抗菌薬は1回の摂取で2週間効果が持続します。

※ 抗菌薬と抗生物質の違い

ペニシリンがカビから発見されたように、自然界から生み出した細菌をやっつける薬を抗生物質と名付け、化学的に合成して作った薬を抗菌薬と名付けました。なぜなら最初に抗生物質という言葉を定義した時に 「微生物の発育を抑える」と「微生物が生産したもの」の2つを規程したため、化学的に作った薬は抗生物質の定義を満たさなかったからです。現在では製造過程を問わず細菌を殺したり、抑制する物質をまとめて抗菌薬と呼ぶようになってきています。

Q6~Q9の回答

コメント

耐性菌が獣医療(今回は猫医療)でも問題になっていると認識している人が少ないことはある程度予測していましたが、ここまで人医療と差があるのは意外でした。また本文では獣医師と猫オーナーの間に抗菌薬前の検査に関しての考え方のギャップがあると指摘されています。例えば、多くの獣医師側は検査代金が追加でかかることを猫オーナーが嫌がると思っていますが、実際には65.8%の猫オーナーは好意的に受け止めているという結果がでています(実際にはこのようなアンケートに参加している回答者は動物医療の情報に対して敏感で、求める医療レベルが高い人が集まりやすいため、もう少し低いかも知れませんが)。

どの抗菌薬が有効かを調べる検査を薬剤感受性検査と呼びます。この検査は日数がかかり、さらに薬代より高額、また薬剤感受性検査をせずに投薬しても効くことも少なくないです。そのため提案しても煙たがられることも実際にありますが、抗菌薬を適正に使うためには必要な検査です。

また本文に長期間作用型の注射用抗菌薬が出てきますが、猫では投薬が難しいことが少なくありません。代表的な長期間作用型の注射用抗菌薬であるコンベニア注は他の抗生物質が無効の場合に使用を検討する第二次選択薬です。しかし自宅で投与しなくて良いというのは、かなりメリットが大きいのでQ9のようにYES側の結果がそこそこあります。獣医師としても確実に投与できる安心感が違い、心配な症例で使ってしまうこともあります。

今、獣医師が耐性菌問題に対してできることは薬剤感受性検査の必要性を理解してもらう、また投薬のテクニックをレクチャーし、注射薬は必要な時にできるだけ留めることだと思います。耐性菌の発現を防ぐことは巡り巡っては自分の愛猫が耐性菌に苦しむことを防ぐことになります。動物医療は保険もなく高額ですが、飼い主さんにも感受性試験の重要性をご理解いただけると幸いです。

 

“猫オーナーアンケート:抗菌薬に対する認識と使用経験まとめ” への1件のコメント

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