先日カナダで行われたシンポジウムに参加しましたので、ブログでまとめようと思います。今回はフード会社が主催のシンポジウムで、マイクロバイオームについて勉強しました。マイクロバイオームとは「微生物叢」と訳されますが、簡単にいうと体にいる微生物のことを指します。代表的なのは腸内細菌ですが、それ以外に口腔・鼻腔・皮膚などにいる微生物も含まれます(今回のコラムでは腸内細菌の話が殆どです)。

これまで医学は細胞や遺伝子を対象に研究してきたことが中心で、微生物との関係には着目されていませんでした。しかし、動物は単独が生きていくことはできず、体内に存在するマイクロバイオームが健康上大きな影響を与えていることが明らかになってきました。

マイクロバイオーム
-omeはゲノム(genome)の-omeでもあり、遺伝子(gene)に-omeをつける全遺伝情報という意味になる。「叢」は群がるという意味がある

人のゲノムの遺伝子量が2万〜2万5000遺伝子に対して、ヒトの体内のマイクロバイオームの遺伝子量は330万遺伝子と100倍以上の量があります。遺伝子量が多すぎるため最近まで技術的にマイクロバイオームを解析できませんでしたが、次世代の機器の登場により可能になりました。

医療におけるマイクロバイオームの応用

医学領域では既にマイクロバイオームが応用されています。もっともわかりやすいのは消化管疾患におけるマイクロバイオームの影響でしょう。腸内細菌という概念は以前からあり、腸内細菌にも体に良い善玉菌や体に悪い悪玉菌があることは一般に認知されています。

・免疫力!病原性細菌の感染予防、治療

消化管は体の中にありますが、胃や腸の中は医学的には外と捉えられます(下図参照)。そのため腸は消化するという役割だけでなく、外と中の境界線であり、体に悪いものが入ってこないよう、免疫システムとしても重要な役割を持っています。

哺乳類の体は口から肛門までの消化管という一本の穴が通った「チクワ」のような構造をしていると考えることができる。皮膚から口に入り、そのまま腸の壁は連続しているため胃や腸の中は外として捉えられる。同様に気管や肺の中も外になる。

腸内細菌は病原性細菌と消化管の中で栄養素などを奪い合っています。そのため、腸内細菌がダメージを受けると病原性細菌が増えやすくなり、感染リスクが高くなります。マウスの実験では腸内のマイクロバイオームが乱れるとサルモネラ菌などに感染しやすくなることがわかっています。

また腸管の細胞(上皮細胞)や免疫細胞は腸内細菌と共にお互い支え合い腸管内のバランスを維持しています。しかし腸内細菌の撹乱(Dysbiosis=ディスバイオーシス)が起こると腸炎を引き起こす細菌の増殖を許し、炎症性腸疾患(IBD)のような病気を助長するのではないかと考えられています。

・腸内細菌が肥満、糖尿病にも影響?

最近の研究で、腸内細菌の変化がエネルギー調節や栄養の摂取に関与している可能性が明らかになりました。肥満のマウスは正常と比べるとある種の細菌(Bacteroides属など)が少ないことがわかりました。

さらに正常のマウスに肥満のマウスの腸内細菌を移植したところ、移植されたマウスは有意に体脂肪量が増加しました。つまり腸内細菌によって太りやすさが違うことが示唆されました。

また腸内細菌の代謝産物や菌成分が、インスリンに対する反応(感受性)にも影響をしている可能性がわかってきました。インスリンの反応が悪くなる(インスリン抵抗性)と血糖値が上がり糖尿病に陥るため、糖尿病の発症要因や新たな治療方法ができないか研究されています。

・便の移植が新たな治療方法に

これまで腸内細菌を調整する方法としては、善玉菌を摂取するプロバイオティクス、また善玉菌の栄養となるオリゴ糖や食物繊維を摂取するプレバイオティクス、その2つを同時に行うシンバイオティクスなどのサプリメントが主役でした(腸内細菌が産生する有益な代謝物を摂取するポストバイオティクスも研究されている)

しかしダイレクトに腸内細菌を変化させるために便を移植する方法(便細菌叢移植療法=FMT)が考案され、これがある種の腸炎(Clostriduim difficile 感染性腸炎=CDI)に対して治療効果が高かったと報告され注目を浴びました。

便を移植すると聞くと抵抗がありますが、今医学研究で最も注目されれている領域の1つです。同様に難病指定されている潰瘍性大腸炎に対しても効果が期待され研究されています。

・獣医学領域では?

それでは獣医学ではどんなことがわかっているのでしょうか。残念ながら現段階では犬猫においてはマイクロバイオームに関してわかっていることは殆どありません。マイクロバイオームは人間でも食事によって異なり、欧米人とアジア人でも違います。当然、動物種が違えばマイクロバイオームも異なるので、猫のマイクロバイオームを調べなくてはいけません。限られた情報ですが、いくつか猫にも触れていたのでご紹介します。

猫の腎臓病の腸内細菌

健康な猫と比べると腎臓病の猫は腸内細菌の多様性が低下していました。つまり細菌の種類が少なくなり、腸内細菌の撹乱(Dysbiosis=ディスバイオーシス)が起こっていました。さらに血中の尿毒症物質(インドキシル硫酸、p-クレジル硫酸)が高いことがわかりました。腎機能が低下しているので、尿毒症物質が増加するのは当然ですが、腸内細菌の撹乱が尿毒症物質の蓄積をさらに悪化させている可能性があります。

インドキシル硫酸は特定の細菌(大腸菌など)が産生に関与しており、腸内細菌の状態も産生量に関与しているからです。さらに腎臓病患者ではインドキシル硫酸濃度が高いほど生存率が下がることから、これを抑えることができれば新しい治療方法になるかもしれません。

猫の糖尿病の腸内細菌

糖尿病猫の腸内細菌も健康な猫と比べると多様性が低下していたという報告があります。また酪酸を生成する菌が減っており、これは人の糖尿病の腸内細菌叢の変化と一致します。また過去2週間の平均血糖値の指標となるフルクトサミンの結果と、ある種の細菌が関連性することがわかりました。

猫の糖尿病はコントロールが難しいといわれており、一見体調に変化がなくてもインスリンが効きすぎたり、途中から効きが悪くなったりすることがあります。もしかすると腸内細菌を操ることでこれらの問題が解決する可能性があります。

・犬猫における便移植

猫のFMT
将来的に理想的な腸内細菌を持っているスーパーマイクロバイオームキャットのうんちをカプセルで投与する時代が来るかもしれません

上記のように人では便細菌叢移植療法(FMT)が一部の病気で有効性が示されています。猫でも潰瘍性大腸炎に対して試験的にFMTを行った経過報告はあります。ただし現状では犬に対しての報告が多いです。今のところ犬のFMTの効果は好意的なものが多いものの、まだまだ検証が必要という状況です。

私たちは自分の腸に他人の便を移植するときくと、多少抵抗があります。しかし動物では採便も容易ですし、心理的な抵抗はないため、むしろ獣医学領域の方がFMTの効果が認められればあっという間に普及する可能性があります。

最後に

シンポジウム終了後、ナイアガラの滝にて

今回マイクロバイオームについて学びましたが、恥ずかしながら私も便移植などの治療方法が人医療でここまで効果があるとは知りませんでした。まだ仮説の段階ですが、今後はマイクロバイオームをコントロールすることで、消化器の病気(慢性的な下痢、嘔吐、便秘)だけでなく肥満・糖尿病、腎臓病などの疾患を改善できるようになるかもしれません。いずれも猫で多い疾患です。

また腸内細菌をコントロールするためには、食事が重要なウェイトを占めています。人の研究者からは動物医療の方が、食事をコントロールしやすいので羨ましいという声もあります。確かに猫はある程度キャットフードでコントロールできますが、人間では指示通りに食事をすることは難しく、また便移植に対しても抵抗があると思います。その点ではマイクロバイオームは獣医療、特に猫で応用できる可能性が大きくあると感じました。

参考資料

・実験医学 Vol.34 No.6 (4月号) 2016

・Summers, et al. (2019) The fecal microbiome and serum concentrations of indoxyl sulfate and p-cresol sulfate in cats with chronic kidney disease. J Vet Intern. Med.

・Kieler, et al. (2019) Diabetic cats have decreased gut microbial diversity and a lack of butyrate producing bacteria. Sci Rep.

・Furmanski and Mor. (2017) First case report of fecal microbiota transplantation in a cat in Israel. IJVM

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