下部尿路疾患群のコンセンサスガイドラインが新しくなっていましたので、気になるところや図表をまとめました。下部尿路疾患群はいわゆる、尿路結石や膀胱炎のことです。症状としては血尿や頻尿などを呈し、猫でもっとも多い症状の1つです。このガイドラインはiCatCareという国際的な猫の獣医学会によって作成されました。
用語
ガイドラインは用語の定義から始めることが多いです。飛ばして頂いても結構ですが、正確に把握することで病気の理解が深まります。今回は私としては馴染み深い言葉「FLUTD」をやめて「LUT疾患群」にしませんか、という提言がありました。理由は「FLUTDは特定の疾患ではないのに、あたかも診断名のように使われるのはおかしいのでは」というところから来ているようです。言葉がカバーする範囲はFLUTDとLUT疾患群はほとんど同じです。
LUTS (Lower urinary tract signs) :下部尿路徴候。排尿困難、血尿、頻尿、粗相など、症状を示す言葉。
FLUTD (Feline lower urinary tract disease):猫の下部尿路疾患。1980年代に導入されたLUTSを起こす様々な状態を包括する用語。必ずしも病気とは限らない。diseaseという単語が使われているが診断名ではなく、しばしば誤解を与えてきた。
LUT疾患群(Lower urinary tracts diseases):下部尿路疾患群。具体的な単一の診断を意味しないように意図的に複数形になっています。ガイドラインではこちらの用語を推奨。
MEMO(Multimodal environmental modification) :マルチモーダル環境修正。行動学的、社会学的、物理的、感覚的な要素を含む多面的な環境改善。具体的には猫の頭数管理、トイレ環境の見直し、キャットタワーなどの設置、資源(水や食事)の配置、においの管理などを修正する。
採尿方法の変化

以前は用手排尿(または圧迫排尿)やカテーテル導尿も行われていましたが、現在は膀胱穿刺が推奨されています。膀胱穿刺は採血のように針を使って採取します。針をお腹に刺すので一見痛そうですが、他の方法より痛みが少ないキャットフレンドリーな方法だと考えられています。
用手排尿はお腹を押して排尿を促すのですが、圧迫するときに痛みやストレスを起こすだけでなく、膀胱の尿が腎臓へ逆流することで腎臓へのダメージも懸念されます。カテーテル導尿は尿道からカテーテルを入れる方法ですが、これも痛みとカテーテルを入れるときに尿道に外傷を起こしたり細菌が入ることがあります。
膀胱穿刺が行えない時は、やむをえず他の方法で採尿されることはあります。
膀胱鏡検査
内視鏡の尿道バージョンである膀胱鏡を猫で実施できないかとよく聞かれますが、ある程度サイズのあるメス猫であれば実施できます。これにより、腫瘍や結石、膀胱粘膜の状態を確認することができます。小さい結石であれば取ることもできますが、結石の閉塞が問題なるのはオスの方が多いです。膀胱鏡は麻酔は必要です。

LUTSの原因
以下がLUTSの原因になります。上の3つがほとんどですが、それ以外には、腫瘍や神経性の疾患があります。神経性というのはヘルニアなどで脊髄が圧迫されると排尿を意図してできない状態です。
猫の特発性膀胱炎(FIC)
特発性という言葉は「原因が見当たらない」という意味で、検査をしても異常がないけどLUTSを呈している状態です。猫ではFICが最も多く、実にLUTSの55〜65%はFICに分類されたというデータがあります。ほとんどの猫の膀胱炎で抗菌薬(抗生物質)を必要としない、と言われるのはFICの割合が多いからです。
FICに伴う慢性疼痛の模式図です。ボトムアップ(実線矢印)の尿中の毒素(Toxins in urne)や上皮細胞の透過性(Urothelial permeability)が痛みの原因と長らく考えられていました。
脅威や環境ストレスなどの中枢からの刺激、もしくは遺伝的な要因などのトップダウン(点線矢印)が膀胱炎を起こしている様子を示しています。FICの危険因子には遺伝、幼少期の有害事象、神経質な性格、室内飼育、脅威に対する過剰な反応、頻繁な食事変更、運動不足、肥満、固まらない猫砂の使用、多頭飼育、家庭の不安定さ(人とペット含む)、高い場所の不足などが報告されています。
特効薬はなく、マルチモーダル環境修正(MEMO)と対症療法(痛み止めなど)が主な対応になります。治療に関してはこれといった新しい知見はありませんでした。
コラム:特発性膀胱炎にもっと良い名前はないかな?
特発性という言葉自体が一般的でなく、飼い主のみならず獣医師にも病態が理解しずらいでしょう。代わりの名前の候補として膀胱痛症候群(Bladder Pain Syndrome)という人医療の用語があります。こちらの方が「感染性膀胱炎と違う病気である」ことが分かりやすく、抗菌薬が不要なこと、そして痛み止めの必要性を飼い主に理解してもらいやすいのでは、という意見もあります。
尿路結石症
尿路結石はLUTSの原因の10〜23%を占める、二番目に多い原因です。さらに、そのうちシュウ酸カルシウムとストルバイトが90%を占め、それ以外の尿酸塩、シスチン、リン酸カルシウムなどは稀です。シュウ酸カルシウムとストルバイトは時代により発生率が異なり(おそらく食事のトレンドの変化)、現在はややストルバイトが多い傾向にあります。
ストルバイトは食事療法で改善することがほとんどなので、問題となるのはシュウ酸カルシウムです。シュウ酸カルシウムは医学的に溶かすことができません。血中カルシウム濃度が正常にも関わらず、再発性の場合はこのガイドラインでは利尿剤であるヒドロクロロチアジドとビタミンBの投与を検討すべき、としています。
尿路感染症 (UTI)
合併症がない成猫で尿路感染症がLUTSの原因となることは稀です。報告では尿路感染症はLUTSの3%未満とされています。一方で10歳以上の猫や、糖尿病の合併症がある猫では有病率が高いです。尿路感染症の原因菌は大腸菌や連鎖球菌、エンテロコッカス・フェリカスなど泌尿生殖器、糞便中に細菌が多いです。
排尿後にお尻を拭けば予防できますか?と聞かれることがありますが、特に肛門周囲が汚れている猫以外ではお尻を拭くことで予防することは難しいでしょう。UTIになってしまう原因は膀胱内の問題や免疫力の低下する合併症がです。合併症の治療や体力をつけて免疫力を上げることが大事です。むしろ無理にお尻を拭くと猫のストレスになり、陰部を舐めてしまい膀胱炎が悪化する危険性もあります。
抗菌薬は単純な尿路感染症(それ以外は健康な猫)であれば3〜5日で十分ですが、基礎疾患がある場合または再発感染の場合は7〜14日の投与が必要になることがあります。上記の通りFICや尿路結石が多い猫では単純な尿路感染症は稀です。
サプリメントと呼ばれるようなプロバイオティクス、クランベリー、D-マンノースなどは有効性が十分に研究されていません。
無症候性細菌尿
尿中に細菌が検出されるが、症状がないものをこう呼びます。ある研究では6歳以上では6.1%が無症候性細菌尿であると報告されています。治療する必要性は低いとされています。
尿道閉塞 (UO)
尿道が詰まり排尿できなくなる状態で、生命を脅かす可能性があります。原因はFICが最も多いとされています(筆者の経験では、結石が多く感じますが)。閉塞から24〜48時間で尿毒症に進み、放置すると重度の徐脈、膀胱破裂、ショックにより死亡に至ります。尿路の閉塞時に鎮痛剤の投与は最優先事項です。痛みを管理することで尿道筋の痙攣が軽減し自発的に排尿できるようになることもあります。
閉塞を解除するにはカテーテルを使用します。カテーテルにも種類がありJackson、TomCat、Katkathなど硬さや形が多少異なります。私は1番柔らかいアトムカテーテルでほとんどの場合解除しています。固いカテーテルは尿道をケガする可能性があります。カテーテルの太さも好みがありますが、3〜3.5Freの方が尿道外傷を引き起こす可能性が低いとされています。カテーテルを入れるときは陰茎を尻尾側に倒すことで尿道のS字カーブが真っ直ぐになり、通過しやすくなります。

どうしてもカテーテルが通らない場合は麻酔をかけて直腸から尿道をマッサージする方法、尿道内にアトラクリウムという筋弛緩薬を尿道内に投与する方法が紹介されています。残念ながらアトラクリウムは日本では医薬品とは流通しておらず、私は使ったことがありません。
設置したカテーテルの設置時間は長くなると感染症を起こす原因になります。設置時間は24〜36時間以内が望ましいですが、尿毒症の程度によってはもっと長くなることも許容します。
膀胱の腫瘍
決して数は多くないのですが高齢では腫瘍が原因でLUTSを起こしている可能性もあります。膀胱の腫瘍で最も多いのは浸潤性膀胱癌(以前は移行上皮癌と呼ばれていた、私もこの名前で認識していました)です。発症した猫の平均年齢は15歳でした。
その他の疾患
上記以外の原因としては尿管が異常な場所と繋がっている異所性尿管や、膀胱に異常な部屋ができている膀胱憩室、慢性炎症性肉芽腫の一種であるマラコプラキアなどが挙げられるでしょう。マラコプラキアは大腸菌が関与している可能性があり、抗菌薬で治療することができます。
環境改善

LUTSはストレスと大きく関わっているためMEMOの重要性が説かれています。
まとめ
改めて下部尿路疾患群について考えるきっかけとなりました。このガイドラインではFLUTD(下部尿路疾患)という言葉を意図的に避けてLUT疾患群という用語を提唱しています。猫の飼い主さん目線では呼び方が変わったからといって、影響はほとんどないと思います。獣医学用語はしばしば変化し、より正確な定義に変わっていきます。LUTSが定着するかはわかりません。獣医師レベルでもしばらくはFLUTDと併用されるでしょう。
治療については、シュウ酸カルシウム結石に対して利尿剤やビタミンBの使用が検討されていました。シュウ酸カルシウム結石は患者さんでも頑固に再発することがあり頭を抱えています。現状は個人的には点滴を含めた水分摂取量の増加で対応していましたが、利尿剤も選択肢に入れてみたいと思いました。利尿剤は腎臓病を悪化させる可能性に注意ですので、慎重な判断が必要かと思います。
正直それほど目新しい情報や革新的な治療などはありませんでしたが、用語の整理など小さなアップデートを重ねていくことが重要だと感じました。
出典・参考資料