ACVIMという学会から、猫の膵炎についてのまとめがアップデートされていましたので、気になった点や、変更点を解説していこうと思います。過去の膵炎のまとめはこちらになります、膵炎について広く知りたい場合はそちらを先に読むことをお勧めします。
題名のコンセンサスステートメントというのは、合意声明などと訳されます。専門家同士での共通認識をまとめたものです。具体的な治療内容や診断のアルゴリズムが掲示される、ガイドラインとは区別されます。
1.膵炎の概要
・年齢、猫種、性別などで発症率は変わらない
通常病気というのはがんであれば高齢の猫に多かったり、心臓病であればある品種(メインクーンなど)に多かったりするものですが、膵炎はそれがありません。また肥満度(BCS)や食事の不摂生も関係なく、食生活が原因の1つに挙げられる人間の膵炎とは異なります。さらに、犬では抗てんかん薬など、多くの薬が膵炎を起こすことがありますが、猫ではそれもないようです。つまり猫の膵炎は原因がほとんどわかっていないと考えて良いでしょう。
2.症状
症状 | 発生率(%) |
倦怠感 | 51~100 |
食欲不振 | 62~97 |
嘔吐 | 35~52 |
体重減少 | 30~47 |
下痢 | 11~38 |
呼吸促迫 | 6~20 |
身体検査所見 | 発生率(%) |
脱水 | 37~92 |
低体温 | 39~68 |
黄疸 | 6~37 |
腹痛 | 10~30 |
発熱 | 7~26 |
腹腔内に腫瘤/臓器の腫大 | 4~23 |
以前のコラムでご質問頂きましたが、嘔吐は半数の膵炎猫でしか出ません。なので吐いてないからといって膵炎ではないとは言えないことがわかります。嘔吐や体重減少は何の病気でも起こりうる症状です。症状に特徴がないのが、膵炎の特徴といえるでしょう。
症状の一番下に呼吸促迫とありますが、これは重症膵炎では肺損傷による肺水腫/胸水、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、肺血栓塞栓症、誤嚥性肺炎、過剰な輸液、疼痛などにより起こるとされています。
3.膵炎の検査
膵炎の検査は、1つの項目で確定できるものはなく、身体検査、画像検査、血液検査などから総合的に判断するのは以前から変わりません。結語においても「診断は依然として困難である」と強調されています。
・血液検査:猫膵特異的リパーゼ(Spec-fPL)
リパーゼは膵臓から分泌される脂肪を分解する酵素ですが、血液中にも流れるため、膵臓に炎症があると血中濃度が上昇します。ただしリパーゼは膵臓以外からも分泌されています。そこで猫の膵臓に特異的なリパーゼを測定するのが猫膵特異的リパーゼ検査です。この検査は以前からありますが、引用されている数値が陽性的中率が90%、陰性的中率が76%となっていました。
4.膵炎の治療
従来の治療(点滴療法、痛みの緩和、栄養補助、嘔吐の抑制など)に大きな変化はありませんでした。
・ブレンダZ
日本で犬の急性膵炎で承認されたブレンダZという白血球の働らきを阻害し抗炎症活性を示す薬について、承認されたことについて言及されていましたが、それ以上のことは書かれていませんでした。今回の資料とは異なりますが、日本の専門誌で急性膵炎の猫に使用した3例の報告がされており、副作用はなく良好な経過であったと記録されています(ケースレポートであり、猫での使用を強く推奨するものではありません)。ブレンダの主成分フザプラジルナトリウムは猫は犬の4倍早く代謝されることがわかっています。
・カプロモレリン:液体の食欲増進剤
猫の慢性腎臓病に対して米国で承認されたカプロモレリンという薬を、膵炎でも使用を検討しても良いのでは、と言及されていました。カプロモレリンは摂食促進作用のあるグレリンと類似した作用があります。従来のミルタザピンやジプロヘプタジンの食欲増進効果は副作用の1つでしたが、カプロモレリンは主作用である点が異なります。液体薬なので投与しやすいというメリットもあります。
・コルチコステロイド(プレドニゾロン)
コルチコステロイドとは、いわゆる”ステロイド”と呼ばれる副腎皮質ホルモンのことです。前回膵炎のコラムを書いたときに参考にした2015年の膵炎に関するまとめには出てきませんでしたが、今回は治療の1つとして挙げられています。
急性膵炎においては日常的には使用すべきでないと書かれている一方で、人と犬の急性膵炎でコルチコステロイドが治療成績を改善したという報告があり、猫でも同様の効果が期待されます。慢性腸炎や感染症ではない胆管肝炎を併発している場合は効果的でしょう。ただしコルチコステロイドは糖尿病を起こすことがあり、ただでさえ糖尿病になりやすい膵炎の猫では注意が必要でしょう。
慢性膵炎においては、炎症に続く繊維化が、膵臓の機能を欠損させる可能性があり、それを抑える目的で低容量もしくは免疫抑制量で、有益が効果があるのではと考える専門家の意見が紹介されています。投与後は臨床症状と血液検査の結果を見ながら、継続するか検討すべきとされています。
・免疫抑制剤
コルチコステロイドと同様の効果を狙って慢性膵炎での治療薬の1つとして記述があります。シクロスポリンとクロラムブシルの名前が挙げられています。いずれも感染症や骨髄抑制などの副作用と天秤にかけ使用を検討すべきです。
・慢性膵炎の食事
依然として猫の慢性膵炎では低脂肪食が有効な研究はないようです。ですが、一部の専門家は高脂肪食は慢性膵炎の管理に有用ではないかと感じています。つまり極端に脂質が高い食事は避けるが、制限をする必要性はあまりないと解釈できます。
5.膵炎の予後
猫の急性膵炎の死亡率は9〜41%と4つの研究で報告されています。軽〜中症の急性膵炎では助かることがほとんどですが、重症例、特にイオン化カルシウム濃度の低下、低血糖、高窒素血症がある場合は予後が悪くなります。人では以前は5〜15%の死亡率でしたが、現在では2%まで減っているようです。猫も適切な治療ができればもう少し予後が良くなるかもしれません。
さいごに
基本的な治療や診断に大きな変化はないものの、新しい食欲増進剤やコルチコステロイドの具体的な使用量についての言及があり、専門家も模索しながら治療していることが伺えます。急性膵炎と慢性膵炎が並列して解説されていましたが、猫では圧倒的に慢性膵炎が多いため、もう少し病態の解明や検査精度が上がるとことを期待しています。
参考文献:
・荒渡暖仁, and 大田寛. “膵炎急性期にブレンダ Z を臨床応用した猫の 3 症例.” Clinic note: clinical daily treatment for the small animal practitioner 18.2 (2022): 86-92.