猫のアウトラインシリーズではよく相談される猫の病気について「どんな病気なのか」「どういう治療があるのか」「治療によりどうなるのか」を解説します。このページには最先端の情報や画期的な治療方法はありません。各病気の知っておくべきこと、誤解されやすいところ、わかり辛いところに文字数を割いています。愛猫が肥大型心筋症と初めて診断されたオーナーさんが情報整理のために使って頂けると幸いです。
・慢性腎臓病などの他の病気のアウトラインシリーズはカテゴリーの「猫の病気」からみることができます。
1.概要 2.検査 3.治療 4.予後
1.0概要
肥大型心筋症は文字通り心筋が肥大していく病気です。心臓はポンプの役目をしており、全身に血液を送りますが、心筋が厚くなると、心臓の内側が狭くなり1回の拍動でポンプできる血液の量が減ってしまいます。その結果全身に血液が足りなくなり苦しくなってしまいます。
上図のように心筋が内側に肥大します。コップを使った例えがこの病気の説明に使われます。コップの縁がどんどん厚くなると、中に入る容積が減りますよね。縁が厚いコップで、たくさんの液体を運ぶには何回も注ぎにいかなくてはいけません。心臓でも同様のことが起こります。1回に運べる血液量が下がると、血液が渋滞をおこさないように心拍数を増やしますが、いつか限界がきてしまいます。
また心筋症になると血液の流れが変わるため、血栓ができやすくなります。形成された血栓が動脈に詰まると「動脈血栓塞栓症」を起こします。血栓が詰まってしまうと非常に危険な状態になります。猫は後ろ足の血管に詰まることが多いです。
肥大型心筋症の平均発症年齢はある研究では7.2歳、オス猫に多い傾向にあります。メインクーンやラグドールなどの猫種で発生しやすいことがわかっています。肥大した心筋を元の厚さに戻すことは難しく、心臓の負担を和らげること、そして血栓を予防することが治療の目標になります。
1.1なぜ肥大型心筋症になるのか
原因の1つは遺伝子の変異です。ミオシン結合蛋白C遺伝子(MYBPC3)※の変異があると心筋の発達に異常をきたし、肥大してしまいます。人の肥大型心筋症でも遺伝子の変異が原因の1つであり、約半数は家族内発症がみられます。メインクーンとラグドールは遺伝子の変位遺伝子を持っているか検査で調べることができます(後述)。日本猫や他の品種でも発症することはあります。
※ミオシン:筋肉の収縮に関与する蛋白質。
1.2心臓病と肥満
人では肥満と心臓病の関係性は古くから指摘されています。猫ではメインクーンに限っての研究ですが、肥満メインクーンの方が肥大型心筋症になりやすかったという報告があります。また骨格の大きなメインクーンはよりリスクが高いという結果が出ました。
1.3症状
心拍数や呼吸数の増加、失神などが挙げられますが、このような症状が出るのはかなり病態が進行した状態に限られます。初期では無症状か、食欲不振や活動量の低下など、他の病気でも見られる一般的な症状しかみられません。
胸水:心臓の負担が一定のラインを超えて胸にお水が溜まる胸水が現れることがあります。胸水は肺の拡張をさまたげるので、呼吸が苦しそうになります(努力性呼吸)。胸水が貯まり始めると症状の進行が早いです。
血栓塞栓症:血栓が後ろ足に詰まると突然立てなくなり、激痛が走ります。明らかにいつもと違う様子になるのですぐに気がつくはずです。血栓塞栓症が疑われる場合はすぐに動物病院に向かってください。血栓を溶かす治療は詰まってからの時間が短いほど効果が期待できます。
咳はない:一方で猫の心臓病は咳が出にくいという特徴があります。犬の心臓病では拡大した心臓が気管を刺激するため、咳が代表的な症状ですが、猫ではなぜかほとんど出ません。
2.0 診断
肥大型心筋症の診断には超音波検査が最も有用性が高いです。心臓が広がった時の心筋の厚さが6mm以上あると肥大型心筋症と診断されます。超音波検査では心筋の厚さ以外にも心臓にどのくらい負担がかかっているか、血栓ができていないか、弁の逆流が起きていないかを調べることができます。
2.1高血圧による心肥大
高血圧や甲状腺機能亢進症によって心臓に負荷がかかり心筋が肥大することがあります。これは肥大型心筋症とは異なりますので、心臓エコーで心筋が厚い時にこれらの病気が併発していないか調べることは非常に大切です。この場合、原因となる疾患を治療することで心筋のサイズが戻ることがあります。同様に脱水が激しい猫でも心筋が厚くなることがあります。
2.2 その他の検査
・レントゲン検査:心臓の拡大を検出することはできますが、心筋の厚さまでは測ることはできません。その他には肺や胸に水が溜まっていないかを調べることができます。
・心電図検査:肥大型心筋症では頻脈や、房室ブロックなどの不整脈が見られることが多いです。
・血圧測定:猫は病院に来ると人間以上に緊張で血圧が上がるので血圧の値の解釈が難しいです(詳しくは→白衣症候群)。しかし上記のように高血圧そのものが心肥大を起こしている可能性があるので、血圧を測定する意義は高いです。
・NT-proBNP:血液検査で心臓の負荷を評価します。。BNPは心筋から分泌されるホルモンで、血圧を低下させ心筋への負荷を軽減するように働きます。NT-proBNPはBNPよりも長く血中に残っているため、心臓病のマーカーに適しています。NT-proBNPの上昇は心筋への負荷が増加している可能性が考えられます。ただし腎臓病などでも上昇することがあるので解釈には注意が必要です。
2.3 遺伝子検査
メインクーンとラグドールでは遺伝子変異があるかないかを調べることができます。ミオシン結合蛋白C遺伝子(MYBPC3)の変異があると肥大型心筋症のリスクが高いことが分かりました。この部位の変異は人の肥大型心筋症でも2番目に一般的な遺伝子変異部位です。各々の猫は2つの遺伝子を持っています。その組み合わせにより発症リスクが異なります。
UC DAVIS Veterinary Genetics Laboratory | メインクーンの肥大型心筋症のリスク |
ノーマル/ノーマル | 正常 |
ノーマル/変異遺伝子(HCMmc) | 正常に比べて1.8倍肥大型心筋症になりやすい |
変異遺伝子(HCMmc)/変異遺伝子(HCMmc) | 正常に比べて18倍肥大型心筋症になりやすい |
遺伝子検査は口の中の粘膜の細胞をブラシでとることで調べることができます。注意点としてこの検査で遺伝子変異があったからといって必ず発症するわけでもなく、一方で変異がなくても発症する事はある点です。
2.3.1同じ遺伝子でも発症する猫としない猫がいる 浸透率 Penetrance
同じ変異遺伝子を持っている兄弟猫にも関わらず、一方の猫では発症し、その他の猫では発症しないことがあります。これは遺伝子が全てを決めるのではなく、その確率が高まるだけであるという考え方で、遺伝子が実際に影響がでる(表現型を取る)確率を浸透率といいます。
3.0 治療
治療は心臓の負荷を減らす薬と、血栓の形成を予防する薬の2つに分かれます。心臓の薬には降圧薬、抗不整脈薬、利尿薬など様々なタイプの薬が使用されます。猫の肥大型心筋症は治療の歴史が浅いため、どの薬をどの時期に使用するのかについて明確な指針はありません。各々の獣医によって薬の選択が異なります。さらに同じ薬でも種類が豊富(動物薬、人薬)なため、どの薬がどのような働きをするのか非常に混乱しやすいでしょう。
また心臓病の治療は薬の種類が多くなりがちですが、猫はたくさんの薬を飲ませるのが難しいこも多いです。薬が多すぎて規定通り飲ませない場合は正直に主治医に伝えましょう。優先順位の高いものを選んで処方してくれるはずです。
3.1心臓の薬
・利尿薬:尿量を増加させ、同時に塩分(ナトリウム)も排泄されるため循環血液量を下げ、血液の渋滞を解消し、心臓を楽にさせます。一方で腎臓に負担がかかるため、腎臓病を併発していることが多い猫では注意が必要です。具体的にはフロセミド、スピロノラクトンなど。スピロノラクトンはメインクーンでのみ3割程度で顔が痒くなる副作用が出ることがあります。
・アンギオテンシン変換酵素阻害薬・アンギオテンシン受容体拮抗薬(ACE阻害薬・ARB):血圧上昇作用があるアンギオテンシンという体内の物質の働きを邪魔することで血圧を下げる薬です。具体的にはベナゼプリル(フォルテコール)、テルミサルタン(セミントラ)など。
・カルシウム拮抗薬:血管の平滑筋にあるカルシウムチャネルの機能を阻害し血管を拡張させ、血圧を下げる薬です。猫ではARB・ACE阻害薬だけでは十分に血圧が下がらないことが多く、高血圧の猫にこの薬が追加投与されることがあります。具体的にはアムロジピンなど。
・β遮断薬:文字通りアドレナリン受容体のβ受容体をブロックし、心拍数・心筋収縮力を低下させます。頻脈の時に心拍数を抑える目的で使用されることが多いです。具体的にはアテノロールなど。
・ジルチアゼム:カルシウム拮抗薬の1つで、心筋細胞内のカルシウム濃度を低下させ、心筋を弛緩させ、心臓の拡張能を改善します。
・ピモベンダン:血管拡張作用を発揮する一方で、心筋トロポニンCのカルシウムイオンの感受性を高めることで心臓の収縮力を高めます(強心作用)。そのため肥収縮能力の低下した肥大型心筋症に有効だと考えられますが、それ以外の病態でも使われることがあります。
3.2血栓予防の薬
動脈血栓塞栓症はそのまま命を落としてしまう可能性が高い恐ろしい病気です。血栓が作られるのを予防するのは肥大型心筋症の重要な治療の1つです。
・ジピリダモール:血小板の凝集を抑制する薬で獣医療では広く普及している薬ですが、猫では投与量と効果が検証されていないのが欠点です。
・アスピリン:長年に渡って猫でも血栓予防に使われていた薬です。猫はアスピリンの代謝に時間がかかるので、3日に1回の投与で処方されることが多いです。投与回数が少ない、安価であるというメリットがあります。
・クロピドグレル:近年の研究でアスピリンよりもクロピドグレルを処方された猫のほうが血栓塞栓症の再発率が低かったという結果が出ました。こちらは1日1回薬を飲みます。この研究は Felien Arterial Thromboembolism: Clopidogrel vs Aspirin Trial (猫の動脈血栓塞栓症:クロピドグレル vs アスピリン トライアル)の頭文字をとって通称「FAT CAT」と呼ばれています。
・ダルデパリン:低分子のヘパリンで、皮下注射で投与される血栓症の予防薬です。
4.0予後
この病気になったときに治療に対する反応や、どのような経過をたどるかをある程度の予想を予後と呼びます。肥大型心筋症の生存期間に関する報告は596〜865日と幅があります。
4.1症状がない場合
ほとんどが健康診断または、手術前の検査などで偶然発見されることが多いです。症状が出ていない肥大型心筋症は数年単位の生存期間が期待できます。しかし心臓のエコー検査で「左房の拡大」、血栓ができかかっている「もやもやエコー像」があると予後が悪くなることがわかっています。
左房の拡大:血液が渋滞していて心臓に負担がかかっていることを意味します。大動脈と左房の大きさとを比較してどのくらい拡大しているかエコー検査で測ります(La/Ao)。
もやもやエコー像:文字通り心臓の中に「もやもや」したものが漂っていると、それが動脈に詰まる可能性があります。擬音で表現されていますが正式な獣医学用語です。英語ではSEC(Spontaneous echo contrast)と呼ばれます。
心雑音:心雑音がみられる肥大型心筋症はある報告では、予後が良かったと報告されています。ただし、この結果の解釈には注意が必要です。心雑音がある猫は身体検査で異常が判明し、早期に心エコーを受ける機会を得られるから、予後が良いのではないかと考察されています。
4.2症状がある場合
すでに呼吸が苦しい、胸水が溜まっている、失神があり診断された場合は予後は悪くなります。猫の肥大型心筋症の場合、利尿薬などを使っても胸水が収まらなかったり、呼吸状態が改善しにくいのが要因でしょう。また血栓が詰まってしまった場合は非常に予後が悪く、回復したとしても再発が起こりやすいです。すでに愛猫が肥大型心筋症で症状がある場合は、主治医に今後どのような事態が想定されるか、自宅で失神や発作が起こった場合どのように対処するべきか確認しておきましょう。
まとめ
肥大型心筋症は猫でも最もよく見られる心臓病で、中年齢から発症する病気です。猫種としてはメインクーンやラグドールで発生率が高いですが、日本猫や他の猫種でもみられます。猫は心臓病で咳をすることもなく、病態が進行してから診断されることがほとんどです。残念ながら一度厚くなってしまった心筋を薬で戻すことや、手術で治すことは現時点では難しい病気です。
また診断・治療されるようになってから歴史が浅く、薬についての情報も不足しています。そのため個々の獣医師によって治療内容が異なります。アメリカの循環器専門獣医師を対象にした、アンケートでも治療内容に幅が見られました。心臓の専門家の中でも議論が続いていることが伺えます。無症状の猫は数年単位で生存が期待できますが、すでに症状が出ている場合は予後がき厳しいです。発作の不安や、薬が多かったり、また呼吸が苦しそうな愛猫を見ているのは辛いものがあり、飼い主さんの負担が大きくなりがちな病気です。不安なことはそのままにせず発作時の対処や、どこまで治療を行うか事前に担当医、そして家族と話し合っておきましょう
参考資料
・ネコの肥大型心筋症 診断・管理の理論と実際 ファームプレス
・Body size and metabolic differences in Maine Coon cats with and without hypertrophic cardiomyopathy. JFMS 2013(Feb) 15(2) 74-80 L M Freeman et al
・Secondary prevention of cardiogenic arterial thromboembolism in the cat: the double-blind, randomized, positive-controlled feline arterial thromboembolism; clopidogrel vs. aspirin trial (FAT CAT) JVC (2015) 17, S306-S317
・Survival in cats with primary and secondary cardiomyopathies. JFMS 2016, vol. 18(6) 501-509
甲状腺機能亢進症と判断され6ヶ月が経ちました。薬は、顔にかゆみが出て使えなくなりました。Ydも単体で食べることができないまま過ごしておりますが、前回の血液検査で甲状腺の数値も肝臓も下がりましたが、ydを食べないのみならず、食事量自体が減りました。薬の再服用を要望してみましたが、顔のかゆみは服用を中止しないと治らない副作用とのことで、再開はしませんでした。
1週間前に血液検査をしましたが、異常なしでしたので、もう少し様子を見ましょうということになりました。現在もなんとなく具合が悪そう、なんとなくしんどそう、理由が分からない状態なので、いろいろ調べているところでこのサイトを見つけました。このサイトを拝見する前は、金属(キャリーのドア)をよくを舐めるので、金属中毒を疑って探していたのですが、かかりつけ医師がおっしゃるとおり心臓にダメージがきているのだろうと思いましたので、次の日曜日に心エコーとレントゲンの相談に行こうと思います。ありがとうございました。