今回は稀ながんである、猫の骨髄腫(形質細胞腫)関連疾患= Feline Myeloma Related Disorders (FMRD)について解説します。このがんは当院でも最近診断されることが増えてきた病気です。学術的な報告が少なく、ネットには情報がほとんどないので、FMRDと診断された猫の飼い主さんのお役立てれば幸いです。

1.FMRDの概要

1.1:骨髄腫(形質細胞腫)ってなに?

まず最初に形質細胞と骨髄は全く違う言葉ですが、なぜ骨髄腫(形質細胞腫)と表記されているのでしょうか。まず形質細胞とはリンパ球が成長(正しくは分化)した細胞で、免疫機能を手伝いをしている細胞です。その働きはBリンパ球に近く、抗体を産生したり、他の免疫細胞に情報を提供するのが本来の役割です。

一方で骨髄とは骨の中にあるドロっとした部位で、赤血球や白血球そして血を止める血小板を作っています(造血)。形質細胞が腫瘍化したことを形質細胞腫と呼びます。人では形質細胞腫が骨髄にできることがほとんどなので形質細胞腫を骨髄腫(主に多発性骨髄腫)と同義語として使うことがあります。そのまま獣医学でも流用されているためこのような呼び方になっています。

1.2:猫の骨髄腫(形質細胞腫)の特徴

猫の骨髄腫(MRD)はイヌやヒトの骨髄腫とは違った特徴があります。そのため「F=Feline=猫」を頭につけFMRDという名称でまとめられています。

どこが違うかというと、発生する部位です。上記のようにイヌとヒトの骨髄腫は文字通り骨髄にがん細胞がいる多発性骨髄腫が多いですが、猫では2/3が骨髄以外の場所に発生します。そのため私個人的には骨髄腫より形質細胞腫と呼んだ方が理解しやすいのでは?と感じます。猫の骨髄腫(形質細胞腫)関連疾患(これ以降はFMRDと表記)は以下の7つの病態に分かれます。

2006年にMellor PJらによって提唱。飼い主さんがここの病態の意味まで理解するは必要性は低いです

2.FMRDの症状

症状は多岐に渡り、運動性の低下、食欲不振、発熱などがありますが、体重が減ってぐったりすることで判明することが多いです。これらの症状は他の病気でも現れるため特徴に欠け、”非特異的”な症状と表現されます。

骨髄にFMRDが発症している場合は貧血、また異常な蛋白が大量に分泌されると腎機能の低下を起こします。骨にがん細胞が強く出ると骨折を起こしますが、猫では人の骨髄腫ほど一般的ではありません。皮膚や体の表面のリンパ節(下顎や膝など)にできた場合はしこりが触知されます。

3. FMRDの診断

3.1:腫瘍化した形質細胞の特定(骨髄検査/病理組織検査)

病理組織検査の画像。特殊な染色を行い細胞の形態を評価します

診断には腫瘍化した形質細胞=形質細胞腫を発見することが一番の診断になります。ヒトの骨髄腫では、血液検査や尿検査の結果から骨髄腫を疑い、骨髄検査を行い、骨髄にがん化した形質細胞が存在することを確認し、確定診断されます(7つの病態の1番)。

しかしFMRDでは上記のように2/3が骨髄以外の場所にがん化した形質細胞が出現するため、骨髄検査は必須ではありません。皮膚や内臓、血液にがん化した形質細胞が見つかれば、それが診断になります(7つの病態の2.3.4.7番)。

形質細胞ががん化しているか否か判断するには病理組織検査が必要で、そのためには麻酔をかけて組織を切除しなくてはいけません。また形質細胞腫はリンパ腫とも似ているため、より専門的な免疫組織化学的検査(抗体を使って細胞の由来を特定する検査)が追加で必要になることもあります。形質細胞腫ではMUM1というマーカーが使われます。

3.2:M蛋白の確認

M蛋白というのはがん化した形質細胞から産生される役に立たない抗体です。M蛋白は大量にそして、同じ形のタンパク質なのが特徴です。そのため血液検査ではグロブリンという項目が高くなり、血液中のタンパク質を調べる電気泳動という検査で特徴的な曲線が得られます(上図:右)。このM蛋白の一部が尿に排出されるとベンスジョーンズ蛋白(BJP)と呼ばれ、尿検査で発覚することもあります。(7つの病態の5番)。

4:治療と予後

現時点で治療方法は確立されておらず、化学療法や手術による切除で生存期間の延長はみられるものの、猫のリンパ腫のように完治させるのは難しい、ということまでしかわかっていません。

化学療法では人でも使われるメルファランやステロイド剤、シクロフォスファミドなどが使われます。メルファランは猫では毒性(骨髄抑制)が出やすく注意が必要です。人では骨髄移植の有効性が確立されていますが、調べた限りFMRDでの報告は見当たりませんでした。

予後は悪性度が高い(低分化)ものだと数週間、悪性度が低い(高分化)ものだと約8ヶ月という報告があり、細胞の形態によって大きく変わる可能性があります。また別の研究では化学療法で平均生存期間が8〜13ヶ月後であったと報告しています。いずれもデータを取った頭数が少ないため、さらなる研究が待たれます。

最後に

FMRDは近年診断されることが増えていますが、その背景には免疫組織化学的検査が一般的になったことが関係していると考えられます。これまでは細胞形態のみでリンパ腫と診断されていたものが、免疫組織化学的検査によって形質細胞腫であると判断できる例が増えたかもしれません。

治療に関してはまだまだ不明な点が多いですが、当院で経験した膝のリンパ節にできたFMRDの猫は手術をして元気食欲が戻りしばらく元気にしていましたが、数ヶ月後に皮膚に再発して亡くなってしまいました。また顎にできたFMRDの猫は化学療法に反応して、しこりが消失して治療中です。

これまでの報告でも悪性度が高くないものは予後が良いので、がんの中では治療の選択肢があるタイプであると考えられます。治療に関してはかかりつけの獣医師と、しっかりと話し合う必要がありますが、このページが少しでもお役に立てば幸いです。

参考資料

・小動物腫瘍臨床 Joncol No.23 2017 July. ファームプレス

・ The Veterinary Myeloma Website http://www.vin.com/Projects/Myeloma/M07712.htm

・Cannon, C. M., Knudson, C., & Borgatti, A. (2015). Clinical signs, treatment, and outcome in cats with myeloma-related disorder receiving systemic therapy. JAAHA51(4), 239-248.

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