猫の飛行機移動におけるストレスマネジメントについてまとめたレビューがありましたのでご紹介します。このレビューの中では、中国から米国に空輸されたジャイアントパンダの例が紹介されています。ジャイアントパンダも飛行中に一番ストレスマーカー(尿中コルチゾール)が上がったという結果でした。パンダも繊細ですが、猫もかなり神経質な動物なので、当然ストレスを感じるでしょう。猫がより少ないストレスで移動できるよう参考にしてみてください。
ワクチン等の出国前のスケジュールに関することはこちらでまとめています。
・ストレスの種類
まず移動中に考えられるストレスが列挙されています。いかにこれらの要因を避けていくのが、ストレスマネジメントになります。人が飛行機で感じるストレスは狭さや轟音ですが、猫はその前後でもストレスを受けることがわかります。
複数のストレス要因にさらされた場合、1つのストレス要因のみの場合に比べてはるかに大きくなります。この現象は「ストレッサースタッキング(stressor-stacking)」と呼ばれます。ストレス反応が自律神経系を刺激すると、心血管系、呼吸器、消化器、泌尿器、外分泌、副腎など多様なシステムに影響を与えます。その結果、心拍数の増加、血糖値上昇、多汗などの異常な変化が生じます。
・飛行機移動の適正を評価
そもそも猫が飛行機に乗せて移動することができるのか評価しましょう。例えば、猫が非常に高齢、持病がある、極めて繊細な性格である、などの場合は移動自体を中止しなくてはいけないという選択肢もあります。日本国内の移動においては距離によりますが、車、新幹線などの他の交通機関の方がいくつかのストレス要因は避けることができるでしょう。
「フライト前のチェックリスト」が紹介されていましたが、ドイツの獣医師が作りましたので、日本向けに一部改変し翻訳しています。事前にチェックすることで、飛行機移動への適性を測ることができます。
この中でボディコンディションスコアというのは猫の肥満度チェックの指標でこちらで解説しています。
エモーショナルスコアというのはFear:恐怖、Axiety:不安、Stress:ストレスの度合いを評価する方法の1つです。3要素の頭文字をとってFASと呼ばれます。以下の5段階になります。
・慢性疾患の評価
以下の疾患を患っていないか確認しておくことは、フライトのリスクと関係します。いくつかの疾患は特別な配慮や治療計画の相談が必要になります。
これらの疾患はストレス下で悪化する可能性があるもの、慢性的な治療が必要になるものが挙げられます。特に糖尿病は移動前後でインスリンの調整は、個別の猫の体調に合わせて獣医師と相談して決めなくてはいけません。可能であれば、特に高齢の場合は、渡航前にこれらの疾患を患っていないか検査(血液検査、超音波検査、血圧検査など)することをお勧めします。
・移動中の飲水
伝統的に移動中の嘔吐や排便を避けるために、出発2〜3時間前から食事を与えない方法が知られています。しかし、渡航ルートによっては出発から到着まで24時間前後食事を摂れなくなることもあります(航空会社によっては乗り継ぎ時に食事、水を与えることができますので、事前に確認しましょう)。
このレビューの筆者は、その猫が乗り物酔いをしやすいことがわかっている場合を除き、2〜3時間前の絶食を指示していないとコメントしています。私も同意で移動時間が長い場合は少しでも食事をとって、空腹を少しでも和らげた方が猫のためになると感じます。
水はクレートに吸水器を設置することができますが、水が溢れないノズル型のものに限られます。猫はノズル型の吸水器を使うことが少ないので、移動前に事前に練習する必要があります。
・移動中のトイレ
吸水性のあるペットシーツを敷き詰めることで猫が濡れることを防ぐことができます。その際には通常のペットシーツではなく、システムトイレ用のもの、さらに多頭飼育用ものだと吸収できる容量が多いです。小さいなトイレをキャリーに入れる方法はスペースに限りがあり、こぼれたり、うまくいかないでしょう。
・移動中の抗不安薬
プレガバリンという薬がイギリス等の国で移動中の抗不安薬として認可さえれていますが、それ以外の抗不安薬は適応外での使用になるということに留意しなくてはいけません。使用する際には可能であれば本番の前に試験的に投与し、薬に対する反応を確認しておくと安心でしょう。その反応によって薬の量を調整することができるでしょう。
・ガバペンチン
GABA誘導体の抗てんかん薬です。猫では投与後100分でピークに達し、6〜12時間作用します。動物病院への移動や検査に対するストレススコアが下がったという報告があり、飛行機移動以外でも使うことがあります。副作用は唾液が過剰に出る(流涎)、嘔吐、運動失調、過剰な鎮静、などが報告されています。腎臓で排泄される薬なので腎臓病を患っている場合は投与量に注意です。私は他の疾患でもガバペンチンを使用することがあり、使い慣れているという理由で、この薬を移動前の猫に使うことが多いです。
・プレガバリン
カルシウムチャネルへ作用することで、神経伝達物質の放出を抑え鎮痛作用を示す、人では神経障害性疼痛に対して使用されます。こちらも90〜120分で効果が現れ、6〜12時間作用します。副作用も似ており副作用は唾液が過剰に出る(流涎)、嘔吐、運動失調、鎮静がかかりすぎること、などが報告されています。腎臓で排泄される薬なので腎臓病を患っている場合は投与量に注意です。
・その他の薬
それ以外にはトラゾドンという抗うつ薬だったり、ベンゾジアゼピン系抗不安薬、マロピタントなどの薬が使われることがあります。マロピタントは動物用の吐きどめの薬で、乗り物酔いに対して効果が期待できます。また長期間(数週間)続けることで効果が期待できるアミノトリプチンなども紹介されていました。
・アセプロマジンの使用は推奨されない
アセプロマジンとはドーパミン受容体に作用する鎮静剤の1つです。獣医領域では麻酔前の鎮静薬として使用されることがあります。歴史的に移動中のストレスを軽減させるために処方されていました。この薬は結構しっかり鎮静がかか、意識レベルが落ちます。しかし1990〜1995年のフライトによる動物の死亡事故の約半数は鎮静剤によるものであったという報告があります。さらにアセプロマジンは抗不安効果ははなく、むしろ騒音に対する驚く反応を高める可能性があり、現在では移動中のストレス管理には適さないとされています。
・移動のタイムライン
・クレートトレーニング
移動用のキャリー、クレートを自分の安全な場所だと認識させることは、最も大事なストレスマネジメントの1つです。移動の数週間前から家の中に設置し、そこでおやつをあげて、猫にとってポジティブなことと結びつけましょう。ドアを閉めても驚かないように、遊びの中で開けたり閉めたりすることも良いでしょう。具体的なトレーニング方法はこちらで紹介されていますが、英語です。近日こちらもまとめたいと思っています。
・移動中の注意点
飛行場への移動中に外部の刺激をできるだけ抑えましょう。具体的には視覚的な刺激を制限するために、タオルや毛布をキャリーバッグにかける、キャリーの周囲で落ち着いた音楽を鳴らす、電話の着信やアラーム、扇風機などの風切り音は猫が怖がるので最小限に抑える、などが紹介されています。
・新しい住環境の整備
移動後の環境を整備しておくことで、移動のストレスから早く回復できます。具体的には、ダンボールなど隠れる場所を用意しておく、トイレなどは猫が以前使っていたものと類似したものをおく、可能であれば使用していた猫砂を新しいトイレに少し入れる、以前と同じ食事を与える、タオル/おもちゃなど匂いがついているものを持っていく(あえて洗濯しない)、などが紹介されています。これらは飛行機の移動に限らず引越し時にも実施すると良いでしょう。
まとめ
今回のレビューは結構な枚数があり、特に気になるところを抜粋したのでまとまりがないものになってしまいました。今回触れた場所以外ではクレートトレーニングやフェイシャルフェロモン(フェリウェイ)の使用法、到着後の
それ以外で特に気になったのは、ペット輸送の代理店(エージェント)と相談すべきという記述です。国による検疫の違い、航空会社のルール、渡航ルートは日々変化しています。獣医師は動物の健康状態の評価やワクチンなどについては知識がありますが、航空ルートや全ての国の検疫での必要書類は把握していません。
それらを日々事業としている代理人と相談することで、トランジット時間の短縮、季節ごとの注意すべき時間帯、各航空会社の特徴などを勘案し最適なルートを決める助けになるでしょう。しかし少し調べた限りですが、必要書類などを代行してくれる業者は見つかりましたが、福祉という面からサポートができる代理店はそれほど多くない印象を受けました。今後信頼できる代理店が増えてくれると良いなと感じました。
参考資料
・Jahn, Katrin, and Theresa DePorter. “Feline Stress Management During air Travel: A Multimodal Approach.” Journal of Feline Medicine and Surgery 25.1 (2023): 1098612X221145521.