新しい猫の糖尿病の治療薬が2024年の9月から発売されます。この薬の最大の特徴としては飲み薬であることです。これまでの糖尿病はインスリン注射であり、自宅で飼い主が注射をしなくてはいけませんでした。この薬が使えれば糖尿病の治療がグッと楽になる可能性があります。ただししい薬には必ず注意点もありますので、そちらについても解説します。
・センベルゴの作用機序
新しい薬の商品名はセンベルゴ、成分名はベラグリフロジンです。この薬の作用機序は、血液中の糖を尿中と一緒に体から出して血糖値を下げる、というものです。
どうやって尿中に糖を出すかというというと、センベルゴは腎臓の尿細管の中にあるSGLT2(エスジーエルティーツー)という糖の運び屋的な物質の働きを阻害します。そのためこの薬はSGLT2阻害薬と呼ばれます。SGLT2の本来の役割は尿中の糖を血液に戻し、エネルギーを効率的に利用するためのものです。
・もう少し詳しく
糖尿病が恐ろしい病気である理由は2つあります。①は糖が吸収されず、栄養状態が悪化すること、②は高血糖が続くと血管や神経が障害され、糖尿病性の網膜症/腎症/神経障害などの合併症が発症することです。
センベルゴは尿に糖を排出して血糖値を下げますが、糖を吸収しているわけではありません。なので②を防ぐことはできますが、①は改善できないのでは?という疑問があります。しかしセンベルゴを投与すると栄養状態が改善し体重減少もストップすることが報告されています。
これは猫の糖尿病のタイプが関係しています。糖尿病には1型:自己免疫疾患などでインスリンが殆ど分泌されない、と2型:インスリンは分泌されているが量が少ない、加齢や肥満などの理由でインスリンが有効に利用できない(インスリン抵抗性の増大)、の2つがあります。
猫の糖尿病は多くが2型です。2型の糖尿病はセンベルゴが血糖値を下げることで、膵臓の負担が減りインスリンの分泌量が回復する、またインスリン抵抗性が解消され細胞がインスリンを有効利用できるようになる、と考えられています。なので最初は糖を捨てて血糖値を下げているだけですが、徐々に自分のインスリンが効率的に利用できるようになり、上記の恐ろしい理由①「糖が吸収されず、栄養状態が悪化する」も改善できると考えられています。
そのため、猫の糖尿病でも1型であったり、下垂体の異常や妊娠糖尿病はセンベルゴの適応になりません。
・センベルゴの適応
センベルゴは状態が安定しいてる糖尿病の猫が適応になります。状態が安定しているとは、食欲があり、脱水がなく、嘔吐/下痢などもない状態の糖尿病です。このような状態の糖尿病を”ハッピー糖尿病” と呼ばれます。
またケトン体が出ている糖尿病にも使用できません。ケトン体とは脂肪が分解してエネルギーを作るときに生成される物質です。糖尿病で栄養状態が悪化するとケトン体が出てきます。ケトン体は血液検査や尿検査でチェックすることができますので、センベルゴを使う際は必ず測定します。
・海外での承認との違い
センベルゴは2023年にEU、米国ですでに発売されている薬です。海外ではインスリン使用中または治療歴のある猫には使用すべきではない、とされています。これは薬の承認の取り方の違いが理由で、日本ではインスリンからの切り替えも可能です。
ただし上記のように必ずケトンを確認し、状態が安定している糖尿病に限ります。日本の臨床試験ではインスリン治療歴がある猫とない猫で、有効率はともに90%以上と、差がなかったと報告されています。
・センベルゴの副作用
最も頻繁に報告されている副作用は下痢/軟便で、約50%の猫で報告されています。これはSGLTが腸管にも存在しているため、便の性状に影響を受けるのでは、と考えられています。
それ以外には嘔吐、多飲多尿(たくさん水を飲んで、尿を出す)、体重減少、流涎(よだれ)などが報告されています。怖い副作用としては糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)があげられ、これはケトン体が増えることで体内が酸性に傾く状態を意味します。糖尿病性ケトアシドーシスは命に関わる疾患で、集中治療を要します。
糖尿病性ケトアシドーシスを予防するためセンベルゴを投与初期は、定期的に尿中のケトン体を自宅でも測定することが推奨されています。
また、センベルゴ使用中は血糖値が正常なのに糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)になることがあります。これをeDKA(e=euglycemic=正常血糖値)と呼び、センベルゴを中止し、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の治療に切り替える必要があります。
センベルゴ治療開始後の検査の流れ。治療が良いペースで行った時の場合。フルクトサミン:糖尿病のマーカー。過去2〜3週間の血糖値の平均値を示唆する。良い点としては副作用としての低血糖は報告されませんでした。インスリン注射で治療する場合は、インスリンが多すぎると血糖値が正常値より下がるリスクがあります。血糖値が一定のレベルを下回ると意識が混濁したり、震えなどの症状が出ます。低血糖は糖尿病性ケトアシドーシスと並んで危険な合併症で、無治療だと死亡する危険性もあります。低血糖が出づらい、ほとんど出ないというのはセンベルゴの大きなメリットでしょう。
それ以外には、このSGLT2阻害薬は人でも使用されておりますが、尿中に糖が出ますので、膀胱炎(細菌性)になりやすいことが問題になっています。猫では正常猫よりは多いものの、インスリン治療猫とセンベルゴ治療猫を比べると同じぐらいの発生頻度でした。
・センベルゴの使い方
1日1回の投与で、液体なので食事混ぜても良いです。インスリンの皮下注射1日2回と比べると注射の練習する必要もなく、とても楽です。自宅でのモニタリングは、飲水量、食事量、体重をチェックするのはインスリン治療と同様です。多くの場合1週間ほどで血糖値が下がります。
インスリン治療から切り替える場合は前日の夜のインスリンを打たずに翌朝からセンベルゴを投与する方法が推奨されています。両方の効果が被ると低血糖になる危険性があるからです。またインスリンからの切り替えの場合は、糖尿病性ケトアシドーシスの発症を予防するため、尿のケトン体のチェックをより高頻度にしても良いという意見もあります。
まとめ
・ハッピー糖尿病が適応になる。状態が悪い糖尿病(ケトン体が出ている、脱水/体重減少が顕著など)には使用できない
・インスリン治療からの切り替えは、糖尿病性ケトアシドーシスのリスクが高い可能性がある。より慎重にモニタリングする
・1日1回の投与で、注射の練習が必要ない、容量調整も不要
・低血糖を起こす可能性が低く、こまめなモニタリングが不要である
センベルゴは糖尿病の治療をとてもシンプルにできる可能性がある薬です。90%ほどの糖尿病猫で有効性を認めていますが、反対にいうと10%は効果が認められずインスリン治療が必要になります。現在インスリン治療中の猫さんがセンベルゴに切り替えたい場合は、これらのメリット、デメリットを天秤にかけ獣医師とよく相談してみてください。センベルゴは9月から当院でも処方可能です。
最大の注意点は状態が安定している糖尿病猫にしか使えないという点です。糖尿病と診断された直後の猫の多くは、体重減少や脱水が顕著ですので、センベルゴは適応にならないことが多いです。その場合は一度インスリン治療で状態を安定化させる必要があります。
ハッピー糖尿病の状態で糖尿病を発見するには、健康診断がとても重要です。中年齢(7歳〜)以上で尿量が増えたり、体重が減った場合は早めに検診を受けましょう。愛猫を病院に連れて行くのが大変な場合は、自宅で検査紙で尿糖チェックするだけでも早期発見につながります。
出典
・猫の糖尿病治療ガイド
・Plumb’s Veterinary Drug Hand book Tenth Edition