ISVPS Feline Practice シリーズは一緒にプログラムを受講している獣医師 多賀に執筆してもらっています。

ISVPSというのは獣医師向けの卒業後教育を行なっている国際的な団体です。第3回の学習テーマは「猫の行動学」についてです。GPCertは国際的な修士課程に相当する資格で、オンラインで働きながら学習できるのが最大のメリットです。今回のモジュールは”猫の眼科学”です。

このモジュールでは、猫の手術を行う際、どのように感染を防ぐか、どのような器具を使うかなどの基本から、麻酔をかける際の注意点、痛みを軽減する方法について学習し、最後は猫でよく行われる手術の方法について学びました。とても盛り沢山な内容のモジュールでした。

今回はその中でも「猫の麻酔管理」について紹介します。

手術をするかどうか決めるとき、麻酔のリスクは心配事の1つでしょう。どのように麻酔をかければより安全に手術が行えるか、我々が普段から心掛けていることとともに今回のモジュールで取り上げていた内容を紹介したいと思います。

<麻酔のリスク評価>

当院では麻酔をかけて手術を行う際、必ず手術前の検査を行います。これは麻酔に対するリスク評価を行うためで、国際的に使用されている「ASA分類」という評価方法を用いて手術を受ける猫さんの状態を評価します。

分類Eは主に救急対応の手術の際に用いられ、1〜5の分類に追加されます。

麻酔薬に対するアレルギー体質など手術前の検査ではわからないこともありますが、事前に検査をしておくことで麻酔をかけた際にどのようなことが予想されうるか把握でき前もって対処方法などの麻酔計画を立てられるので、より安全に麻酔を使用することができます。

<麻酔をかけている間は何をしている?>

手術中麻酔を管理している獣医師はどのような点を注意しているのでしょうか。

大きく分けると5つのポイントがあります。

麻酔中の猫。歯の処置をしています

・麻酔は効いているか?

麻酔は、手術の刺激に反応させない(不動)・手術による痛みを感じさせないようにするために行われるので、必要十分な麻酔深度を維持できているか常にチェックします。麻酔の効果が浅いと痛みを感じますし、反対に麻酔が効きすぎていると血圧が下がったり呼吸が弱くなったりします。

体をつついて反射がないかを確認したり、足や顎の関節の緊張がなく脱力しているかを見ていきます。

・きちんと呼吸しているか?

多くの手術では「気管挿管」という、気管の中にチューブを通して気道を確保する方法がとられます。このチューブは機械と繋がっており、吐き出される二酸化炭素濃度を測定します。この二酸化炭素濃度が表示されるペースは呼吸を表してもいます。モニターには波の形で表示されるので、波の形が一定のペースで表示されるか、形が綺麗かなどをみながら呼吸状態を評価します。また、血液中の酸素濃度はパルスオキシメーターという機械で測定します。こちらは血液中の酸素濃度が下がりすぎないかを評価し、麻酔中に酸欠を起こしていないかなどをみていきます。

事前にレントゲン画像から適切な気管チューブのサイズを確認しておく

・心臓の動きは正常か?

心臓の動きは心電図をつけることで評価します。心電図の波の形に異常がないか、一定のリズムで表示されるかなどを評価します。

・血圧が下がりすぎ/上がりすぎていないか?

こちらは血圧計をつけて評価します。血圧が高すぎると出血のリスクや臓器への負荷が高まりますし、低すぎると血液の循環が足りなくなるため、大きく変動しないよう麻酔の吸う量を調整したり、血圧をあげる薬を使用することもあります。

・体温が下がりすぎ/上がりすぎていないか?

基本的には直腸温を測ります。体温が下がりすぎると命の危険があるため、手術中は一般的に保温マットをつけながら体温を維持するようにします。

これらを総じて「モニタリング」とよびますが、最も重要なモニタリングは五感を使ったモニタリング、その中でも視覚と触覚による評価です。たとえ機械を使用していても、必ず猫さん自身を見て、触って、状態が安定しているか、手術中に痛がっていないかを評価することが、安全に麻酔を使う上で大切です。

<麻酔と鎮静…どちらが安全?>

麻酔よりも鎮静をかけるほうが安全だと思われがちですが、モジュールでは猫さんの状態や行う予定の手技によっては麻酔のほうが安全なことがある、という見解を紹介していました。

猫さんの状態によっては鎮静効果を得るために多めの鎮静剤を投与し、深い鎮静を得る(英語でheavy sedationと呼ばれます)必要がでてきます。与える薬の量が増えるということは、それだけ副作用のリスクも高まるため、必ずしも安全とはいえないでしょう。また、麻酔をかけるときと違い、鎮静をかけるときはモニタリングや気道の確保などを行わないことが多く、深い鎮静をかけたときの猫さんの状態把握が不十分になることがあります。対して、浅めの麻酔(英語でlight anaesthesiaと呼ばれます)をかける場合は、上記のモニタリングや酸素供給などを行いながら実施するため、深い鎮静をかけるよりも安全に行うことができます。

鎮静と麻酔、どちらを用いるかは猫さんの状態を把握しどちらのほうがより負担を減らせるか評価した上で考えていく必要があるでしょう。

 

次回の学習テーマは「猫の皮膚科」についてです。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。