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猫の特発性膀胱炎のアウトライン

猫の下部尿路疾患の3大病因は尿路結石、細菌性膀胱炎、そして特発性膀胱です。そのうち最も発生率が高いのがこの特発性膀胱です。(尿路結石についてはこちら) 特発性というあまり聞きなれない言葉、そして具体的な治療が限られているため、一度説明を聞いただけではけあまりイメージが掴みにくいのではないでしょうか。英語を略してFIC (猫 Feline 特発性 Idiopathic 膀胱炎 Cystitis)とも呼ばれます。

1,概要 2,検査 3,治療 4,予後

1,概要

若齢から中齢の2〜6歳の猫でまんべんなく発症し、性別による偏りは少ないですがオスが少し多いという報告があります。猫の下部尿路疾患(FLUTD※)の2/3がこの特発性膀胱炎であると考えられています。「特発性※」という言葉が示すように、原因はわかっていません。尿検査を行っても結晶、細菌、異常な細胞がないにも関わらず、頻尿、血尿などの症状を示します。

※特発性:原因不明という意味。発他に特発性心筋症、特発性てんかんなど。

※FLUTD:猫の下部尿路疾患(Feline Lower Urinary Tract Disease)の略です。FLUTDは特定の病名ではなく総称です。尿路結石だけでなく細菌性膀胱炎、特発性膀胱、膀胱腫瘍など下部尿路の病気全般を示します。

ストレスが強い環境、またはストレスを受けやすい性格の猫で発症しやすいことからストレスが原因の一部であると考えられています。リスク因子としては、室内飼い、ドライフード、多頭飼育、肥満などが挙げられます。人間の間質性膀胱炎と共通点が多く、猫間質性膀胱炎とも呼ばれることがあります。

1.1考えられている要因

特発性という言葉が示すように原因は不明です。しかしこれまでの研究から考えられる要因を知ることで、より治療に対する理解も進むでしょう。4つの原因が関係していると考えられています。

①膀胱の内側の膜の異常

A:正常な膀胱 B:GAG層が破壊され尿が知覚神経を刺激し、また肥満細胞(炎症細胞)が集まっている

膀胱は内側からGAG(グリコサミノグリカン)層、尿路上皮、筋層の3つから成っている(図 A)。 GAG層は様々な物質を濃縮した尿の刺激から膀胱を守る役割があります。特発性膀胱炎の猫ではこのGAG層が不十分で、その結果尿の刺激が神経に伝わりやすく(傷口が滲みるように)尿が溜まっていないにも関わらず尿意を感じ、頻繁にトイレに行くようになります。内面がボロボロになっているイメージです。

② 神経伝達物質の影響

膀胱の神経は尿による刺激を受けるだけでなく、神経伝達物質(サブスタンスPなど)によっても刺激されます。上の図では肥満細胞が集まってきています。神経伝達物質が肥満細胞に働きかけるとヒスタミンが放出され、ヒスタミンの作用により炎症が悪化し痛み、出血を増悪させます。また特発性膀胱炎の猫では膀胱自体の神経伝達物質の受容体も増えておりより影響が大きくなります。人間の間質性膀胱炎では神経伝達物質を含む食事(熟成チーズ、赤ワインなど)を避けることで症状が緩和することがあります。

③ストレス

ストレスが特発性膀胱炎の発症に関わっていることを示すデータが多くあります。。ストレス要因については治療の項を参考にして下さい。

④ストレスに対する反応の乱れ(交感神経系)

A:正常なストレスに対する反応です。ストレスから最終的にステロイドを放出し、各部位の働きを抑えています(青色円)。B:副腎皮質ホルモンの量が少なく(青色楕円)、それにより脳幹や視床下部への抑制 ( – )が弱く、結果的にカテコールアミンの量が増えています。

ある研究では音に対する反応が強い猫は特発性膀胱炎になりやすいと報告されているように、他の猫であれば許容できる範囲のストレスでも特発性膀胱炎になってしまう猫もいます。ストレスを感じると脳の視床下部が刺激され、カテコールアミンと副腎皮質ホルモンが分泌されます。最終的にその副腎皮質ホルモンが視床下部に作用し、この流れは止まります(ネガティブ フィードバック)。しかし特発性膀胱炎の猫ではこの流れがうまくいかず(ストレスに対してうまく対応できず)軽度のストレスでも膀胱炎を起こしやすくなります。

1.2間質性膀胱炎ってなんだろう

頻尿、尿意切迫、痛みを主な症状で中高齢の女性に多い人間の病気です。抗生物質が効かず原因は分かっていないことも特発性膀胱炎と一致します。膀胱粘膜の機能障害、免疫学的な原因がではないかと考えられていますが確立した治療法はなく、対症療法※に留まります。膀胱の間質とは膀胱の上皮から筋層の繋ぎの部分を示す病理用語で、ここに炎症が起こり繊維化(硬くなり)し萎縮する病気です。猫の特発性膀胱炎との大きな違いは、比較的稀な疾患であることです。

※対症療法:病気の原因に対してではなく、その時の症状を軽減するために行われる治療法。例:痛みに鎮痛剤を与えるなど。

2,症状、検査

2,1症状

主な症状は、頻尿、不適切な場所での排尿、排尿時の痛み、排尿時に鳴く、血尿などです。これらの症状は特発性膀胱炎以外での膀胱炎(尿路結石性、細菌性など)でも見られるため症状からは見分けがつきません。強いて挙げるのであればストレスに関連するイベントで悪化することが特発性膀胱炎の特徴です。

オス猫では尿道詮子※ができ、尿道に詰まると全く排尿がでくなくなることがあります。またメス猫でも激しい炎症で膀胱の筋肉が緊張すると尿が出せなり、尿閉状態に陥ることもあります。

尿道詮子:主な成分はたんぱく質であることから結石とは区別されます。ペニスの先っぽに形成され、栓をしてしまい尿がだせなくなります。膀胱炎時は炎症細胞や上皮細胞が大量にでることで尿道詮子が形成されやすくなります。

2,2検査

特発性膀胱炎を診断するには、他の膀胱炎を起こす病気が無いことを確認する必要があります。細菌性膀胱炎、尿路結石、膀胱がん、腹部の痛み、その他膀胱・尿道の異常などが隠れていないか調べるには身体検査に加え以下の検査が必要になるでしょう。

・尿検査:尿たんぱく、潜血を調べるペーパー試験。顕微鏡で尿中の細菌や結晶を確認する尿沈渣検査。

・尿細菌培養:尿沈渣検査で発見できない細菌の確認。どの抗生物質が効くのか調べる感受性試験。

・超音波:膀胱、尿道の形に異常がないかを確認。

・レントゲン検査:造影検査を含めた尿路(尿の通り道)の確認。その他痛みの原因になるもの。

3,治療

3.1豊かな環境、ストレス要因の除去

よくあるストレス要因としては、不仲な猫の存在、過剰な多頭飼い、工事による騒音、来客、引っ越しなどがよく見られる原因になります。もっとも多いのは不仲な猫の存在です。豊かな環境とは室内回であったても退屈せず自然の環境に近く、それでいて猫のプライバシーが守れる環境です。以下のページを参考にして下さい。

・猫のとって豊な環境作りはこちら

・トイレ環境の改善はこちら

・多頭飼育の注意点はこちら

・フェリウェイについてはこちら

3,2飲水量を増やす

院水量を増やすことで、膀胱の内膜(考えられる原因①)を刺激する尿の成分を薄めることができ、その結果痛みや炎症が治まります。人間の間質性膀胱炎でも症状を和らげるために水分を多めにとることが推奨されています。

猫の飲水量を増やす方法はこちら

3,3内科療法

各薬の副作用については必ず担当医からの説明を受けてください。

3,3,1痛み止め

特発性膀胱炎は痛みを伴う病気です。猫は痛くても小さなサインしか出さないので、排尿時に鳴いている場合はかなりの痛みがあると考えて下さい。治療の開始期または症状が強く出ている時はまず痛みを軽減させてあげることが回復への近道になります。

NSAIDS :非ステロイド性抗炎症薬というグループの薬です。動物薬の商品名としてメタカム、またはオンシオールなどが挙げられます。

オピオイド系:ブプレノルフィン、フェンタニルパッチ、ブトルファノールなどが挙げられます。

3,3,2抗不安薬

いくつかの抗不安薬が特発性膀胱炎の症状改善に効果があると報告されていますが、これらの薬により治療は補助的なものと考えてください。環境の変化、フードの変化で効果が上がらない場合で使用を検討します。性格的にストレスに対してうまく対処できない(考えられる原因④)猫に対して効果があると考えられます。薬名としてはアミトリプチンなどが挙げられます。

3,3,3抗痙攣薬

強い炎症により筋肉が痙攣し、尿道が詰まっているわけではないにもかかわらず尿が出せないことがあります。フェノキシベンザミン、プラゾシン、ベタネコールなどが挙げられます。

3,4特発性膀胱炎用のフード

ドライフードよりもウェットフードの方が総合的な水分摂取量が増えます(詳しくは飲水量を増やすの項)。そのため現在ドライを食べている場合はウェットに変更すると良いでしょう。

c/dマルチケアコンフォートという特発性膀胱炎に配慮した初めてのフードが発売されました。c/dマルチケアコンフォートは従来の尿路結石に対する効果に加え、加水分解ミルクプロテインとL-トリプトファンを含み抗ストレス効果を狙っています。ヒルズによる研究では症状の再発を89%抑えたと報告されています。ドライとウェットがあります。療法食でのすので必ず獣医師の指示のもと使用してください。

ロイヤルカナンからもphコントロール+CLTという同じコンセプトの商品が出ています。

 

 

予後

多くの猫では3〜7日間で症状が緩和していきます。1〜2年の間に約50%の猫は再発してしまいます。さらに少数の猫では症状が慢性化し治療が難しいことがあります。猫が歳をとるにつれ、再発の頻度、重症度が低くなる特徴があります。これは加齢による腎機能の低下により、尿が薄くなる=刺激が減るからだと考えられます。

まとめ

特発性膀胱炎は特効薬がなく、治療は長期にわたりさらに再発することも多く、飼い主さんにとっても猫にとっても非常にフラストレーションが溜まる病気です。命に関わるほど重症化することはあまりありませんが、筋肉が痙攣し排尿ができなくなると危険です。

治療においてはストレスの原因を特定するのが非常に大切です。内科療法に頼るのではなく、フードそして環境の改善をしっかり行うことが治療の鍵だと感じます。なんとも掴みにくい病気、特発性膀胱炎ですが少しでも理解の助けになれば幸いです。