アメリカの猫の行動学のガイドラインの中で、猫の健康に悪影響を与える可能性がある「誤解されやすい猫の行動/性質10選」というものがありましたので、ご紹介致します。このガイドラインの目的は猫同士の関係性について、どうマネジメントするかというものです。英語では「Intercat tension」と表現され、直訳すると「猫間の緊張」となります。日本語にするとストレスという言葉に近いですが、それよりも軽微な気づきづらい変化、つまり緊張と捉えると良いでしょう。

(本稿では猫=イエネコという意味で扱います)

誤解1:猫は単独行動をする動物である

猫の祖先であるヤマネコは森や平原で1匹で暮らしていましたが、現代の皆さんの周りにいる猫はすでに単独行動をする動物ではありません。猫は柔軟で多様な社会的システムを持っています。猫にとって社会性は必ずしも不可欠というわけではありません。猫は他の猫と密接な関係を築くこともありますが、築かなくても生きる上で困りません。つまり猫にとって社会性は義務的ではありません

そのため猫は単独行動動物ではなく「義務を負わない社会的動物」または「社会的に柔軟な動物」と表現されます。一方、人は社会性がないと生きていけませんので、義務を負ってない猫がちょっと羨ましく感じますね。どのくらい社会に関与するかは生まれ持った性質と環境によって左右します。一部の猫はより社会的な交流を求め、一部の猫は単独でいることを好みます。

ソーシャルマップを書いてみよう

線が太さは行動の頻度を表す。アログルーミング:猫同士の毛繕い。ブロック:立ち塞がる、行動を邪魔する

ソーシャルマップは猫同士の緊張やそれに伴う問題行動を解決するための計画に役立ちます。上図は4匹の猫がいる家庭で、猫Aが粗相をするという症状で来院したケースです。

猫Aは猫Bと一緒にいることを楽しんでいましたが、猫Cと猫Dは猫Aに対して敵対的な行動をとっていました。特に猫Dは頻繁に、じっと見つめたり、猫Aの行き先をブロックする行動がみられました。また猫Cも猫Aを追いかけ、シャーシャー言い合う喧嘩をしていました。

このケースでは猫Aだけが入れるよう、マイクロチップで作動する猫用ドアを設置し、その中に食事や寝床などの必要な備品を全て用意しました。これにより粗相と、猫同士の緊張は解消されました。

誤解2:猫の社会組織はヒエラルキーと支配的な立場からなる

猫において「支配的」「ドミナンス」という用語はしばしば誤解を生みます。猫の社会において支配的な猫(他の猫を追いかけたり、寝る場所を奪ったりする)というのは従順(サブミッシブ)な猫よりも単に活動的、外向的、好奇心が強いだけ、のようです。つまり猫が優位的なヒエラルキーを確立しようとしているわけではありません。いわゆるマウントを取るための行動は猫はしないのです。

この点がより社会的な動物であるイヌやサル、ヒトなどと異なります。より社会的な動物は、地位や序列を誇示するために緊張や闘争が生じます。一方で、猫の社会では資源の競争(寝場所、食事)や自分の社会を脅かす刺激(新しい猫の導入、野良猫による縄張りの侵害、痛みや病気)に対して緊張が起こりやすいです。

誤解3:猫はしつけできない

学習速度に差はありますが、訓練をすれば猫も例外なくしつけることができます。訓練を容易にすためにはポジティブな報酬が有効です。猫によって喜ぶことは違うので飼い猫が好む報酬を特定することが必要です。一般的にはおやつですが、撫でることや、褒めることが好きな猫が多いです。訓練は短い時間からスタートし、徐々に長くします。理想的には猫が飽きる前に訓練を終わらせると良いでしょう。お手をしたり、ジャンプなども猫は覚えることができます。

誤解4:猫は家畜化(ドメスティケイテッド)していない

家畜化ときくとあまり良い印象がないかもしれませんが、動物を人が繁殖を管理し、生活に供することを生物学の用語で家畜化と表現します。ペットの場合は「飼い慣らす」という表現が近いかもしれません。

猫は犬に比べると野生的な面が残っており、警戒心が高かったり、自力で獲物を取ることもできます。ですが遺伝子レベルでも野生のネコ科(ヤマネコなど)とは異なっており、行動の変化(人に対する従順さ、親近感の高まり)もみられます。また家畜化された動物の特徴として白黒の柄の個体が現れます。この点も一致しています。

自然界には一部の例外(パンダ、シマウマなど)を除いて白黒の毛柄の動物はいない

誤解5:社会的な交流や、絆は猫に良い影響を与えない

猫を飼っている方にとっては当然、交流や絆を猫が望んでいることは身をもって実感しているでしょう。ですが、いまだに猫は懐かないと考えている人もいます。多くの猫は人との社会的交流を好みます。特徴として、短くて頻繁な交流を好む傾向にあります。1

回の時間は短くても、1日の中で何度も声をかけたりしてあげると良いでしょう。またその際に対応に一貫性があることが大事です。人間がある時は好意的でも、その次は不機嫌だったりすると猫は不安になってしまいます。そのためしつけのためであっても、霧吹きや大きな声で叱るというネガティブな対応は猫との絆を損なうリスクがあります。

誤解6:猫は平等に扱われる必要がある

他の猫より注意を集めたがるうちのオス猫

頭飼育をするとわかりますが猫の中には他の猫よりも多くの注意を集めたがる猫がいます。うちの猫でもオス猫がそうです。一方で、あまり気にかけて欲しくない猫もいます。人の感覚だと1匹の猫に時間をかけてあまり贔屓するのは良くないと感じますが、猫ではそうではありません。ある猫は遊ぶのが好きで、別の猫はそっと撫でられるのが好きだったりと、全ての猫が同じレベルの活動性や好みを持っているわけではありません。個々の性格を見極め、それぞれの猫のニーズにあった対応をすると良いでしょう。

誤解7:喧嘩している猫同士は関係が悪い

にゃんプロ、と呼ばれることもある良好な関係の猫同士による取っ組み合い:動画

私たちからすると喧嘩しているようにみえても実際には遊んでいるだけということがあります。遊びか喧嘩かを見極めるには感情と動機に着目しましょう。一般的にですが、まず声を出さずに格闘している場合は遊んでいる可能性が高いです(リンク先のvideo7)。追いかけっこの場合は、鳴き声をあげる、立ち止まる回数が多い、追いついた後の直接接触が短い、などの場合は遊びでなく喧嘩または一方の猫が嫌がっている可能性が高いです。

最近の研究では遊びと喧嘩の間に「中間」のカテゴリーがあると特定されています。これはどちらかというと遊びよりであり、争いとは関連性が低いと説明されています。判断に迷った場合は動画を撮影し、かかりつけの獣医師にみてもらうと良いでしょう。

誤解8:成猫は社会化できない

社会化期といって、動物が社会的な行動や他の動物との関係を学ぶ上で大切な時期があります。猫ではこれが生後2〜9週齢とされており、この間に母猫、兄弟猫、人と多く交流することで社会性の高い猫になる可能性が高まります。しかし、この期間が終わっても社会化の学習は止まりません。ある研究では生後3〜8ヶ月の子猫がパピー教室(子犬が躾やマナーを学ぶカリキュラム)ならぬ、キトン教室に参加しましたところ、多くの子猫が新しい行動を学び、環境に慣れていきました。

野良猫歴が長い猫は社会化させるのが難しい(家庭内野良と呼ばれる)ですが、正しいトレーニングと時間をかければ恐怖心が和らぎ、猫の福祉を向上させることは可能です。一方で遺伝子またはエピジェネティック(遺伝子配列以外での遺伝への影響を起こす要因)により、社会化が困難な猫がいるのも事実です。その場合は社会化カリキュラムに参加させるのは逆効果ですので、刺激の少ない環境を用意してあげましょう。

そうはいっても子猫の方が社会化させる上で容易なのは事実です。私が所属する日本ねこ医学会でも、「こねこフレンドリープログラム」と言って社会性のある猫に育てるプログラムを支援しています。

誤解9:猫、性悪説

性悪性とは”人の本性は悪であり、努力により善の状態へ達することができる”という説で、性善説の反対です。机の上の小物を叩き落とす、花瓶を倒す、通路の前に横たわる、ベッドで排尿するなどの行動は猫が意地悪で行動しているとして感じるかもしれません。

しかし実際には、猫からすると悪意はなく遊ぶ時間が不足している、トイレ環境が望ましくない、病気を患っているなどの原因があることがほとんどです。行動学では“猫を擬人化してはいけない”といわれます。猫が悪意に基づいて計画的に嫌がらせをすることはないでしょう。

誤解10:猫は寂しがりや、仲間が必要

誤解1で猫は単独行動動物ではないと説明しましたが、一方で必ずしも仲間が必要というわけではありません。愛猫が家で寂しそうだから猫を増やした方が良いのでは、というのは誤解です。個々の猫の性格によって異なり、社会的な環境を好む猫と、単独でいることを好む猫がいるからです。多頭飼育は猫の福祉が向上する場合と、しないことがあります。同様に亡くなった猫の代わりに猫を飼う必要は必ずしもありません。同居猫を失った猫も、絆の深いなその猫を失って悲しんでいるので、新しく来た猫がその埋め合わせになるとは限らないからです。

まとめ

猫を表す上で誤解1の中の「義務を負わない社会的動物」という言葉が私は結構好きです。交流することもできるけど、必須ではないという意味ですが、猫の性質をよく表していると思います。また誤解6の注目を集めたがる猫、というのも激しく同意しました。そのような猫はたっぷりスキンシップする必要がありますが、他の猫に同じ対応をすると嫌われてしまいます。このガイドラインは多頭飼育に待つまつわる問題行動の改善や、猫同士の不仲を解消するためのチップスが紹介されています。他にも興味深い箇所がありましたので、また次回解説できればと思います。

参考資料

・Journal of Feline Medicine and Surgery (2024) 26, 1–30

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