猫の喉からは「ゴロゴロ〜」や「グルグル〜」といった音が聞こえてきます。猫を飼っていると、このゴロゴロ音は撫でてあげると鳴らすことが多いことに気付きます。このゴロゴロは英語圏ではpurringと呼ばれ、インターネットで「purring」と検索すると、なぜ猫がpurringをするのかは世界中の人が疑問に思っていることがわかります。また一生に一度もゴロゴロ鳴らさない猫がいることも、ゴロゴロ音の謎を深める原因の1つです。
ゴロゴロ音の特徴
ある研究ではこのゴロゴロ音の周波数は25〜150Hz(ヘルツ)であったと報告されています。そして呼気中(空気を吐いている時)は2.4Hz高くなるそうです。
※Hz(ヘルツ):周波数の単位。Hzが高くなるとより高音に、Hzが低くなるとより低音になります
人間の耳が聞き取れる周波数の範囲が約20〜20000Hzといわれているので、ゴロゴロ音はかなり低音の部類に入ります。
猫が聞き取れる周波数は人間より高く、約45〜65000Hzといわれています。ということは、興味深いことに猫はゴロゴロ音は聞き取りにくい、または聞きえていないことになります。自分で喉を鳴らしているので振動としては感知できているとは思いますが。
またこのゴロゴロ音は口を閉じたまま鳴るならすだけでなく、普通の鳴き声と同時に鳴らすこともできます。そして息を吸っているときも、吐いているときも鳴らすことができるので長時間ゴロゴロ鳴くことができます。
ゴロゴロ音のメカニズム
ゴロゴロ音は喉頭(人間だとノド仏といわれる場所)の筋肉が急速に収縮し、声帯が振動することで鳴っていると考えられています。しかしこの説を否定する報告として、喉頭を切開された猫が横隔膜を使ってゴロゴロ音を鳴らしたという報告があります。
他にも仮説がありいまだにゴロゴロ音のメカニズムは解明されていません。昔は首の静脈の血流の振動という仮説もありましたが、これは現在のところ否定されています。
「ゴロゴロ」or 「ガォー」?
ゴロゴロ音は全ての猫科動物が鳴らすのではなく、吼えることができる大型ネコ類はゴロゴロ鳴らさないといわれます。大型ネコ類とはヒョウ属(Panthera)を指し、ライオン (Panthera leo)、トラ(Panthera tigris)、ジャガー(Panthera onca)、ヒョウ(Panthera pardus)がヒョウ属に分類されます。
ヒョウ属以外の大型ネコ類のピューマやチーターはゴロゴロ鳴くことができますが、吼えることはできません。吼えるか、ゴロゴロ音か。どっちらか1つしか選べないようです。
※ヒョウ属はゴロゴロ鳴らせるけれど鳴らさない、猫のように継続的にゴロゴロ鳴らすことはできない、などの説もあります
猫はなぜゴロゴロ音を鳴らすのか?
母子間のコミュニケーション
母猫は子猫に近づくときに、ゴロゴロ音を鳴らします。生まれた時点の新生猫は視覚、聴覚は殆ど発達していません。子猫は親猫のゴロゴロ音を振動として触覚で感知します、これが母子間の最初のコミュニケーションになっているのです。
子猫は2日齢までにはゴロゴロ音を鳴らすようになります。これは子猫が「自分は元気だよ」ということを母猫に伝えていると考えられます。子猫は乳を飲んでいる間はゴロゴロ音を鳴らすをやめます。
ゴロゴロ音=スマイル?
離乳後の猫がゴロゴロ音を鳴らす場面から推察すると、まずリラックスしているときに鳴らしていることに気付きます。あるいは満足していることを周囲に知らせる手段としてゴロゴロ音を鳴らしているのでしょう。
他にも挨拶として、または何かを要求するときにゴロゴロ音を鳴らすことから、人の「スマイル」に相当するのではないでしょうか。猫は笑わないですが、ゴロゴロ音が鳴っているときは笑っていると解釈することもできます。
患猫さんの中には診察室でずっと「ゴロゴロ」鳴らしている猫もいますが、そういう猫はきっと陽気な性格なのでしょう。聴診が全く聞こえないので困りますが笑。
最近の研究ではフードを要求するときのゴロゴロ音は「soliciting purr」と呼び、普通のゴロゴロ音よりも周波数が高く220〜520Hzであったと発表しています。「soliciting」は日本語にすると「懇願」や「誘い」という意味です。
McComb K, et al. The cry embedded within the purr. Curr Bio 2009, 19(13):R507-508
「soliciting purr」の動画があったので紹介します。この音が聞こえたらなにかを要求しているというメッセージです。
ピンチの時のゴロゴロ音 エンドルフィンの影響?
しかしゴロゴロ音は決してリラックスしているときだけ鳴らすわけではありません。例えば、怪我をしたとき、弱い立場の猫が喧嘩を避けようとするとき、分娩時、そして死の直前でさえもゴロゴロ鳴らすことが確認されています。
これは、エンドルフィンなどの神経伝達物質が関係しているとされています。エンドルフィンは脳内麻薬と呼ばれることもあり、鎮痛作用や多幸感をもたらします。エンドルフィンは美味しいものを食べた、性的に満足したときなど、欲求が満たされたときに分泌されます。
またエンドルフィンは苦しいとき、痛いときなどにも分泌されることがわかっています。動物は苦痛を軽減させるために、自己防衛反応としてエンドルフィンを分泌します。
患猫が診察台の上で明らかに緊張してゴロゴロ音を鳴らしている場合は、こちらの理由で鳴らしている可能性が高いでしょう。同じ場面でも解釈は正反対になります。
エンドルフィンが放出され結果ゴロゴロ鳴らすのか、ゴロゴロ鳴らすことでエンドルフィンが分泌されるのか、どちらが先かはわかっていません。どちらにしても精神的、肉体的にピンチなときにゴロゴロ鳴らすのは、エンドルフィンなどの神経伝達物質が関係しているようです。
骨折の回復を早める?
医学の分野で骨折した部位に超音波を当てることで骨折の治癒が早くなることが発見されました。これは超音波が骨の再生を刺激するためと考えられています。猫は昔から骨折が早く治るといわれており、ゴロゴロ音が回復を早めているのではないでしょうか。
猫のゴロゴロ音は25〜150Hz程度です。1993年に25〜50Hzの振動がウサギの骨折の治癒を早めた、と報告されています。他にも猫のゴロゴロ音が猫の健康に良い影響を与えているという報告も沢山あります。さらにこのゴロゴロ音効果は人間の健康にも良い影響があるとも言われています。
しかし現在人間の医療で骨折の治癒に使われる超音波装置は1〜3MHz(メガヘルツ)、つまり100万〜300万Hz以上です。このぐらいの周波数の超音波を骨折部位に当てると治癒促進効果があるようです。
ゴロゴロ音は骨折の治癒を促進する可能性はありますが、骨折の痛みでエンドルフィンが分泌されたため鳴らしているとも考えられます。
まとめ
未だに発声方法すらわかっていない猫のゴロゴロ音。鳴らす理由も様々です。猫独特の重要なコミュニケーションであることは間違いないでしょう。「スマイル説」と「エンドルフィン説」で多くの場合が説明がつくのではないでしょうか。まだ視覚、聴覚が発達していない新生猫との振動をコミュニケーションにも使っているとは驚きです。猫のゴロゴロ音だけで1冊の本が書けそうなほど奥が深いテーマでした。
おまけ ゴロゴロ音を止めるには
ゴロゴロ音はあえて止める必要がありませんが、ある時だけ音を止めて欲しい時があります。それは聴診時です。聴診中にゴロゴロゴロゴロ〜と鳴っていると心臓の音が全く聞こえません。世界中の獣医さんの悩みです。そこでゴロゴロ音を止める方法を論文にして発表した人達がいたので紹介します。
(Little CJ, et al. Purring in cats during auscultation: how common is it, and can we stop it?. J Small Animal Pract 2014; 55(1) 33-8.)
この論文では3つの方法を使ってネコのゴロゴロ音を止めようとしました。
①耳に息を吹きかける
②アルコールを薄めたスプレーをネコの近くにかける
③水を流した状態の水道水の近くにネコを連れて行く。
結果として③が一番効果的でした。ゴロゴロいっている猫を蛇口の近くに連れていくと81%もの猫がゴロゴロいうのを止めたのです。②は13%、①50%の猫がゴロゴロを止めたのでそちらも効果はあるようです。
もし聴診をするときゴロゴロ音が邪魔したときは水道の近くに猫を連れて行ってみると良いでしょう。