第8回は猫の救急医療についてです。モジュールでは、電話および来院時点での状態評価(トリアージ)についてからスタートし、状態管理の方法、毒物に暴露された際の中毒症状の管理、輸血の是非、救急救命について…と非常に盛りだくさんなモジュールでした。
獣医療でも2014年に国際的な救急救命ガイドラインが作成され、獣医師や愛玩動物看護師向けに講習会も定期的に行われています。
今回はモジュールから猫の中毒について解説していきます。
猫は体も小さく、また人や他の動物と異なる代謝系をもっているため、人では問題にならない物質でも中毒を起こすことがあります。家庭内で日常的に見られる食品、植物、薬剤などが、猫にとっては命に関わる毒物になることもあります。
今回は、身近な中毒物質とその症状、異物と接触してしまった場合や中毒が疑われる際の処置について解説していきます。
<身近にある中毒の原因>
・ユリ科植物(テッポウユリ、カサブランカなど)
動物を飼っている方にはよく知られていますが、ユリは猫にとって最も危険な植物のひとつです。花弁、茎、葉、さらにはユリを浸していた水にも毒性があります。摂取後わずか数時間で急性腎不全を起こすことがあり、致死率も高いため要注意です。
症状:嘔吐、元気消失、食欲不振、尿が出ない(乏尿や無尿といいます)
・アセトアミノフェン(ヒト用の鎮痛薬:カロナールなど)
人では一般的な市販薬ですが、猫はこの薬をほとんど解毒できないため、少量でも重度の中毒症状を引き起こします。
症状:顔のむくみ、青紫色の歯茎(チアノーゼ)、呼吸困難、虚脱、肝障害
・ビタミンD製剤・サプリメント
過剰な摂取によって血中カルシウム濃度が上昇し、腎臓や他の臓器に石灰沈着を引き起こします。
症状:多飲多尿、嘔吐、元気消失、重度では腎不全
・ネギ類(タマネギ、ニンニク、長ネギなど)
ネギ類には硫酸アリルという赤血球を酸化させる成分が含まれています。酸化した赤血球は壊されてしまうため溶血性貧血という状態を引き起こします。加熱していても毒性は変わらないため、人の食事の残り物にも注意が必要です。
症状:黄疸、虚脱、血尿、頻脈
・チョコレート(特にビター系)
チョコレートに含まれるテオブロミンは猫の中枢神経と心臓に影響を及ぼす成分で、猫はこれを代謝する能力がほとんどありません。
症状:過度の興奮、頻脈、けいれん、昏睡
・マカデミアナッツ
犬では比較的知られている中毒物質ですが、猫でも中毒を起こす可能性があります。中毒のメカニズムは明確ではありませんが、神経系や筋肉系への影響が報告されています。
症状:嘔吐、発熱、ふらつき、虚弱、筋肉痛
・抗凝固性殺鼠剤(ワルファリンなど)
殺鼠剤には血液凝固を阻害する成分が含まれており、摂取すると数日後に出血症状が現れます。
– 症状:内出血、血尿、鼻出血、呼吸困難(胸腔出血)
・エチレングリコール(不凍液)
車の不凍液に使用される化学物質です。甘い香りがあり、犬での誤食や中毒が知られていますが、猫も興味を示すことがあるそうです。わずか数ミリリットルの摂取でも致死的な腎不全を引き起こします。とくに早急な対処が必要な中毒物質です。
症状:酩酊状態、嘔吐、ふらつき、最終的には腎不全
・鉛(古い塗料、弾丸、釣り具など)
鉛は慢性的に体内に蓄積し、神経や消化器に障害を及ぼします。とくに釣具の錘などは小さく飲み込めるサイズのものもあるため注意が必要です。
症状:運動障害、けいれん、行動異常、食欲不振、下痢
<誤食したかも?中毒時の治療>
猫が中毒を起こした場合、時間との戦いになります。以下は動物病院で行われる一般的な治療の流れです。
① 催吐処置
摂取から1時間以内で意識があり、安全な物質の場合に限って行われます。残念ながら、猫の場合はこの処置がうまくいかないことも多く、論文によっては50-60%くらいの成功率と言われています。お薬の副作用が強くでることも多いため、あまり行われないのが実情です。
② 胃洗浄
催吐ができない、または大量摂取・意識障害がある場合に行われます。全身麻酔下で行い、内容物を洗浄除去します。ただし、これも誤飲・誤食したものによっては状況を悪化させることもある処置のため、一般的ではありません。また誤嚥性肺炎などのリスクもあります。
③ 活性炭投与
毒物の腸管吸収を阻止するために用いられます。チョコレート、薬剤、殺鼠剤などの誤飲誤食の際に有効とされています。
④ 点滴療法
毒素排出の促進、腎保護、脱水補正などを目的に行われます。
⑤ 特異的解毒剤の使用
誤食したものによっては解毒剤がありますので、それらを使用していきます。
– 例)アセチルシステイン(アセトアミノフェン)、ビタミンK1(殺鼠剤)、EDTA(鉛)
⑥ 集中治療管理
重度例では入院下で、輸血や酸素吸入などを行います。モジュールでは人工透析の話まで出ていましたが、あまり一般的ではありません。
猫の中毒事故は「知っていれば防げること」がほとんどです。日常生活の中に潜む危険を正しく理解することで、猫の健康と命を守ることができます。
猫が「何かおかしい」と感じたとき、あるいは中毒が疑われるときは、迷わず動物病院へ連絡してください。早めの処置が愛猫の命を救います。
次回は、猫の泌尿器疾患についてです。