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猫のワクチン いろいろ

猫のワクチン接種には多くのトピックが絡みます。獣医師によって意見が異なり、それによりオーナーさんをますます混乱させています。各々のメリットとデメリットを理解し、信頼できる獣医師に接種してもらうのが良いでしょう。今回は一般的なワクチン接種プログラムの紹介と、当院の方針について解説します。

ワクチン接種は新人獣医師にとって比較的早い段階で任される仕事の1つです。しかし適切なワクチンの接種には、飼育環境・猫の状態にあったワクチンの選択、ワクチンの副作用、接種部位の選択、接種後の対応、ワクチンプログラムのメリット・デメリットなどを、理解し説明できる必要があります。ワクチンを打つこと自体は技術的には簡単ですが、様々な知識が求められます。猫のワクチンは特に他の病気のリスクにも関係するため、日々の学習が欠かせません。

1ワクチンの種類2ワクチンプログラム3ワクチン接種部位4その他のワクチンに関するFAQ

1ワクチンの種類

7種ワクチンは3種類(3株)の猫カリシウィルスに対する免疫を促します。

3種ワクチン:猫ウィルス性鼻気管炎、猫カリシウィルス感染症、猫汎白血球減少症に対する免疫を促します。これはコアワクチンと呼ばれ、全ての猫に接種が推奨されています。猫ウィルス性鼻気管炎はくしゃみなどを介して感染し、猫カリシウィルス感染症や猫汎白血球減少症の原因ウィルスは、自然環境で1ヶ月以上感染性が維持されるため、靴や衣類を介して自宅の猫に感染するリスクがあります。そのため外に出ない猫でも接種が推奨されます。

5種ワクチン:3種に加え猫クラミジア感染症、猫白血病ウィルスをカバーしています。猫クラミジアと猫白血病は猫同士の蜜な接触(喧嘩、交尾、お互いにグルーミングし合う、食器を共有するなど)が必要になるため、完全室内飼育の猫は必要ないとされています。外飼い、または多数の猫と接触する機会がある猫で接種を推奨されています。

7種ワクチン:5種ワクチンに加え、カリシウィルスが3種類(3株)に増えています。カリシウィルスは変異を起こしやすいため、3つの株を摂取することでより強固な免疫を促します。

狂犬病ワクチン:日本では猫の摂取義務はありませんので、主に海外へ移動するときに必要になります。海外へ移動する書類に記載するには、狂犬病ワクチンは30日以上日数をあけて2回摂取し、その後抗体価(抗体の量を示す指標)を測定する必要があります。最初のワクチン接種から抗体価検査の結果報告まで数ヶ月かかりますので、海外へ猫と移動を考えている方は早めに準備しましょう。特に高齢で初めて狂犬病ワクチンを受ける場合、抗体価が国が求める基準まで上がりにくい傾向があるので注意です。

生ワクチンと不活化ワクチン

ワクチンには毒性を弱めた注射を接種する「生ワクチン」と細菌やウィルスを殺した「不活化ワクチン」があります。かつては不活化ワクチンに含まれる成分が”がん”のリスクを高めていたと報告されていました(後述:猫注射部位肉腫)が、現在ではどちらのワクチンでもリスクは同程度だと考えらえています。

現在国内に流通している猫のワクチン一覧。 FHV:猫ヘルペスウィルス、FCV:猫カリスウィルス、FPV:猫パルボウィルス、Chlamydia felis :猫クラミジア、Rabies virus:狂犬病ウィルス

 

 

2ワクチンプログラム

ワクチンプログラムとは、どのような周期でワクチンを接種するのか。AAFP(米国猫臨床協会)のパネルレポートとWSAVA(世界小動物獣医師会)のガイドラインを元にしたプログラムと、伝統的なワクチンプログラムを紹介します。ここでは最も摂取する頻度が高い3種ワクチンについて述べます。ワクチンのプログラムは「ワクチン導入期」とその後、抗体価を維持する「追加免疫(ブースター)期」にわかれます。

※ガイドラインは必ずしも遵守すべきものでなく、各団体が独自に作成しているという点に注意してください。

2.1幼猫(16週齢未満)のワクチン導入期

生後間もなくから免疫力が発達するまでの間が最も感染リスクが高い時期です。母猫の初乳(産後数日間に分泌される乳汁)には感染症に対する抗体が含まれます。これを飲むことで、小さな体を守ることができます。

しかしこの母猫からの抗体は時間とともに消失します。平均でも12週齢頃には効果がなくなってしまいます。反対に母親由来の抗体がたくさん残っていると、ワクチン接種による抗体の産生を阻止してしまいます(移行抗体の干渉)。そのため、母親由来の抗体が切れた時が感染リスクが高く、その時期にワクチンを接種する必要があります。

黄色線:移行抗体の平均 紫線:移行抗体の個体差の幅 赤線:ウィルスの感染を阻止できる抗体価の最低ライン 緑線:ワクチンの抗体産生を阻止(移行抗体の干渉)してしまう最低抗体価。赤と緑の間が最も危険。

移行抗体の強さは個体差があるため、生後9週で抗体がなくなってしまうこともあります。緑の線(移行抗体の干渉を起こさないライン)よりも抗体が下がった時にワクチンを接種するのが好ましいです。

反対に移行抗体が多く、15週まで残っている子猫もいます。その場合、9週と13週に打ったワクチンは移行抗体の干渉により、抗体がうまく産生できない場合があります。そのため、導入期の最後のワクチン接種は16週以降に打つことが推奨されています(下図)。

個々の猫の移行抗体がどれくらい残っているのかはわからないので、以下のようにワクチンを接種することで、移行抗体が少ない猫、移行抗体が多い猫のどちらにも対応することができます。

※フェロセル、ビルバゲンなどの猫用ワクチンは9週以上の接種を推奨しているので初回は9週としています。(WSAVAの2015年度のガイドラインでは初回は6〜8週)

※ワクチン接種が遅れて初回が13週、2回目が17週の場合は3回目の接種の必要はありません。

2.2子猫以上の場合(16週以上)のワクチン導入

16週齢以降の猫は母親からの移行抗体の影響がありませんので、3〜4週間隔で2回の接種が進められています。これは中年齢で保護して3歳で初めてワクチンを打った場合なども同じです。

2.3追加免疫期

ワクチンによる免疫はそのままにしておくと弱まってしまいます。一度作られた免疫を、定期的にワクチン摂取することによって、免疫力を維持します。導入期の最後のワクチンから1年後(WSAVAガイドラインでは 6ヶ月後 or 12ヶ月後)にワクチンを接種し免疫力を強固にします。さらにその後の追加免疫期のワクチンプログラムは大きく2つに分けられます。

①1年に1回接種していくプログラム。導入期の翌年から1年に1度接種していきます。伝統的なプログラムで、国内ではこちらを採用しいる動物病院の方が多いでしょう。私が個人的に尋ねた限りではオーストラリア、イギリスでもこのプログラムを採用している病院の方が多いように感じました。私が研修したシドニーのPaddington Cat Hospital も1年おきのプログラムでした。

②導入期の後1年後にワクチン接種し、その後は3年に1度接種していくプログラムです。研究により猫の3種ワクチン(猫カリシ、猫ヘルペス、猫パルボウィルス)の免疫持続時間は各々3年以上持続することがわかりました。WSAVAガイドラインやAAFPパネルレポートで推奨しているプログラムです。ワクチン接種回数を減らすことができます。

2.3.1 ワクチン接種回数を減らすメリット

・13歳で最後に接種すればその3年後の16歳まで効果が持続する。16歳の時にワクチン接種をするかは、その時の猫の健康状態によって相談します。

 

②のプログラムのメリットとしてワクチンの接種回数を減らすことができます。導入期を含め8回打てば猫の平均年齢(15歳)までカバーできます。

 

Kurita, 日本小動物獣医学会,2012 Moore GE, AVMA,2007

メリット①:ワクチン接種にともなう副反応(発熱、元気消失)またはアナフィラキシーショックなどの危険性が減る。このような反応が出ることは多くはありませんが、接種回数が少ないに越したことはありません。

メリット②:注射部位肉腫のリスクが下がる。注射部位肉腫とは、注射をした接種部位に肉腫(がん)ができることです。不活化ワクチンの接種と肉腫の因果関係が強かったため、かつてはワクチン関連性肉腫と呼ばれていました。その後ワクチン以外の注射でも発生することがわかり、注射部位肉腫と呼ばれるようになりました。現在では1/10000以下の確率で発生すると考えられています。

その他:最近の研究で毎年のワクチン接種が慢性腎臓病の発生率を高めている可能性が指摘されています。(N.C Finch, H.M Syme, and J.Elliot 2014)毎年ワクチンを接種していた猫のグループは、そうでないグループよりも慢性腎臓病の発症率が高かったと報告しています。さらなる研究の報告が待たれます。

2.3.2ワクチン接種回数を減らすデメリット

デメリット①:ワクチン接種し忘れが増える。3年おきのプログラムだと最後に打ったのがいつなのかわからなくなってしまい接種率が下がる可能性があります。ワクチンに限らず、投薬でも複雑な処方は避けられる傾向にあります。日本では猫のワクチン接種率が低く、さらに低下してしまう可能性があります。

デメリット②:ワクチンに対する反応は個体による。3年以上有効な抗体価を維持すると報告されましたが、中には反応が弱く3年持たない猫もいます。そのため毎年接種した方がより確実と考えられます。血液中の抗体価を測ることはできますが、抗体価の測定は日数がかかり、またワクチン代より高額の費用がかかるのがネックです。

2.3.3当院の方針

当院は感染リスクが低い猫に関しては3年に1度の接種を推奨しています。感染リスクが低い猫とは完全室内飼育で、キャットホテルなどを利用せず、他の猫と接触が少ない猫です。

反対に多頭飼育、定期的にキャットホテルを利用する猫は感染リスクがあります。感染リスクが高い場合は年に1度の接種を推奨します。その年にワクチンを打ってないのであれば、キャットホテルを利用する前7〜10日にワクチンを接種しましょう。

3ワクチンの接種部位

かつてアジュバンド入りの猫白血病ワクチンを打った部位に肉腫(がん)ができやすいことがわかり、猫ワクチン関連性肉腫(Vaccine Associated Felien Sarcoma)と呼ばれていました。現在では猫白血病ワクチンは改良され、またワクチン以外の注射でも肉腫ができる可能性があることがわかり、猫注射部位肉腫(FISS:Feline Injection-Site Sarcoma)と名前が変わりました。

昔は肩甲骨の間に摂取していましたが、肉腫ができた場合切除手術が難しいため、もし肉腫ができてしまった時のことを考えて四肢の先に打つことが推奨されています。

最も簡易に切除できるので尻尾に摂取すべきという意見もあります。研究では尻尾に摂取しても通常通り抗体産生が促されたと報告しています。(Hendricks, C. G et al 2014)  研究の本文では「猫は尻尾への摂取を十分許容した」とありますが、実際には尻尾にワクチンを打とうとすると、結構抵抗します。尻尾は敏感な部分なので痛いのでしょう。そしてこの研究はパイロットスタディ(大型研究を行う前の小規模研究)です。私は飼い主さんの希望があれば尻尾への摂取を試みますが、難しい場合は後肢に打ちます。

 

4 その他のワクチン接種に関するFAQ

4.1 ワクチンにはどのような副作用がありますか?

稀に疼痛(痛がる)、腫脹(接種部位の腫れ)、発熱、嘔吐、元気食欲低下、下痢などを起こすことがあります。ワクチン接種後は2〜3日は安静にし、シャンプーなどは避けましょう。

非常に稀ですがアナフィラキシーといって、全身性のアレルギーにより血圧が下がり重篤な症状を示すこともあります。接種後はしばらくは観察を続け、帰宅後も気にかけてあげましょう。異常があれば速やかに獣医師に連絡して下さい。

4.2 ワクチンを接種すれば確実に感染を防げますか?

完全には防げません。特に猫カリシウィルスや、猫ウィルス性鼻気管炎(猫ヘルペスウィルス)はハイリスクな環境(シェルター、猫過密地域など)では感染からの防御は難しいです。発症を防ぐことには効果的です。また仮に感染・発症してしまってもワクチンを接種している猫の方がはるかに軽症で済みます。

また稀なケースですが、ワクチンへ免疫応答が生じない猫もいます(ノーレスポンダー)。血液検査で全く抗体価が上がってないことで判明します。このような猫はできるだけ感染症のリスクがない環境で暮らしましょう。

4.3 接種後どのくらいで抗体が作られますか?

接種後免疫を獲得するには3〜4週間かかるので、この間は病気を持っていると思われる猫との接触は避けましょう。

4.4 猫エイズウィルスの(FIV)のワクチンはありますか?

あります。ただしFIVにA〜Fタイプの6タイプがあり、日本では(特に関東)ではBタイプが流行しているのに対して、現在市販されいてるFIVワクチンはA,Dタイプです。異なるタイプにも免疫防御が働くと示唆されていますが、他のワクチンほどの効果は見込めないと思います。しかし。2010年のWSAVAガイドラインではFIVワクチンは「非推奨」でしたが2015年の同ガイドラインでは「ノンコア none-core」に再分類されました。

「非推奨」とは現在のところ科学的な根拠に乏しく接種が推奨されないワクチンです。それに対して「ノンコア 」とは生活環境、ライフスタイルによって感染リスクがある猫に推奨されるワクチンです。そして「コア」は生活環境にかかわらず全ての猫に接種が推奨されるワクチンで、3種ワクチンがこれに当てはまります。

4.4 不活化ワクチンの方が注射部位肉腫になりやすいですか?

注射部位肉腫が判明した当時はアジュバンド(ワクチンの効果を補助する物質)にアルミニウムが使われていたワクチンで有意に注射部位肉腫の発生率が高かったですが、最近の研究ではは不活化、生ワクチンで発生率の違いはありません。同様に特定の製薬会社のワクチンが注射部位肉腫を起こしやすいということもありません。

まとめ

猫のワクチンは注射部位肉腫の問題、猫白血病・猫エイズワクチン、1年or3年、最近では慢性腎臓病との関連性など、ますます複雑になってきています。今回はガイドラインを紹介しましたが、必ずしも欧米のガイドラインに従う必要性はありません。獣医師と十分相談してから愛猫にワクチン接種をしましょう。私は低リスク環境の猫には不要な接種による副作用を避けたいという理由で上記のガイドラインを支持しています。そして3年おきのプログラムの場合は、ワクチンを打たない年度も年1回、身体検査だけでも健康チェックを受けることをお勧めします。

2010年版ですがWSAVAガイドラインはこちらから日本語で読むことができます。

参考

・Guidelines for the vaccination of dogs and cats. 2015 WSAVA

・2013 AAFP Feline  Vaccination Advisory Panel Report