猫は犬と比べて咳をすることが少ない動物です。犬は心臓が悪くても咳をしますが、猫は心臓が悪くても咳が出ることは稀です。猫が咳をする原因は、肺の感染症、肺がん、そして喘息などが挙げられます。今回は猫喘息についてのアウトラインを解説します。
1.概要
猫喘息の平均発症年齢は6歳前後です。これは人間年齢に換算すると32歳となり、殆どが5歳以下で発症する人の小児喘息と異なります。「小さい頃は咳をしなかったので喘息ではないと思う」と思うのは猫の喘息では間違えです。
喘息を発症する原因は環境アレルゲンや刺激物などが考えられますが、同じ環境でも発症する猫としない猫がいるように、個々の体質も関係しています。猫種ではシャムが発症しやすいという報告はありますが、個人的な経験ではそれほど偏りはなく、どんな猫種でも発症する可能性があります。
症状の特徴はやはり咳ですが、猫の場合咳なのか鼻づまりなのか、くしゃみなのか分かり辛いので、動画にとって獣医師に判断してもらいましょう。典型的な動画を貼っておきます。この猫は結構ゴホゴホいっていますが、ゼーゼーしたり、咳が長いこともあります。
2.喘息の診断
人の喘息で使われような、アレルギー検査は猫ではまだ精度がイマイチなため利用されていません。またマウスピースに息を吹きかけて肺活量を調べる呼吸機能検査(スパイロメータ)も、猫は指示通りやってくれないため実施が困難です。そのため問診、身体検査、血液検査、レントゲン検査を組み合わせ総合的に判断します。
2.1 問診、身体検査
問診ではいつ頃から咳が出ているか、どれくらいの頻度か確認します。咳以外にも運動後にすぐ疲れる、あまり動かない、呼吸数が多い、呼吸が大きい(人でいう肩で息をしている)なども呼吸器に病気があるサインになります。
猫の呼吸数は24〜42回/分です。15秒間の呼吸数を数え、4倍しましょう。正常でも42回/分以上することはありますが、60回/分以上の場合は病気であることが多いので一度動物病院で相談しましょう。
身体検査においては聴診で呼吸音の増大、また感染症の場合や鼻水やくしゃみなどを伴っていないか確認します。心拍数のカウントは飼い主さんにお願いすることはありますが、聴診は慣れていないと異常を判断するのは難しいです。聴診器なしでも、重症な喘息では呼吸がヒューヒュー(喘鳴)聞こえることがあります。
2.2 血液検査
喘息の猫での約20〜40%で好酸球増加症が認められるといわれています。好酸球とは白血球の仲間で、アレルギー反応、喘息や、寄生虫感染に対する対応で重要な役割を果たしています。反対に半分以上の猫喘息は好酸球が上昇しないので注意が必要です。感染症で咳をしている場合は、好中球という白血球の仲間が増えるので、原因を見極める上で参考になります。また長期にわたり呼吸困難で酸素不足になっていると赤血球が上昇していることもあります。
2.3 レントゲン検査
左:正常猫 赤線:横隔膜の正常ライン 右:喘息猫 黄色線:横隔膜がテントのように引っ張られている
喘息の猫では白くなったり気管支がはっきり写る(気管支パターン、気管支間質パターン)、または空気を吸い込みすぎた状態になり、肺が広がりすぎる像がみられることがあります。ただし軽度であったり、症状が出ていない時はレントゲン検査をしても正常なこともあります。
2.4 その他検査
さらに踏み込んだ検査として気管支鏡検査といって、直接気管支にカメラをいれ観察することができます。この検査は猫の咳の原因を調べるのに有用ですが、特殊な設備と熟練した術者が必要なため、限られた設備でしか実施できません。また猫の場合は要麻酔です。
また気管支内を液体で洗浄し、その採取した液体を分析(気管支肺胞洗浄液:BALF解析)する検査があり、感染症の有無や、落ちている細胞のバランスを見て咳の原因を調べます。これは気管支鏡がなくてもできますが、やはり麻酔をかける必要があります。
2.5 診断のまとめ
現時点では猫の喘息を簡潔に診断できる方法はありません。そのため問診、身体検査、血液検査、そしてレントゲン検査などで他に咳の原因になる病気を除外していく必要があります。
気管支の洗浄液(BALF)を分析することで、より正確な診断ができます。しかし上記のようにこの検査には麻酔が必要であるため、少しハードルが高いです。
また猫喘息はコルチコステロイド(後述)の反応が良く、投与すればすぐに効果が現れます。そのため試験的にプレドニゾロンを投与し、その反応を診断の根拠の1つとすることもあります。
3.喘息の治療
喘息は症状が軽度だからといって治療しないと、気道が狭くなり戻らなくなってしまいます(リモデリング)。そのため症状が安定していても継続的に治療することが大切です。喘息の治療は発作時の治療と、症状がない時の発作予防の2つがあります。
3.1 環境の見直し
環境中のアレルゲンや刺激物は咳を引き起こし、状態を悪化させます。具体的にはほこり、香水、タバコの煙、その他揮発性ものがあげられます。その他に猫砂は粉塵が舞わない、大きめのチップなどにすると良いでしょう。問題となりそうなものは可能な限り家の中から排除しましょう。
3.2 コルチコステロイド (プレドニゾロン)
いわゆるステロイドと呼ばれる副腎という臓器で作られるホルモンです。プレドニゾロンというのは一般名で、同じものを指しています。代表的な炎症を抑える薬で、皮膚科で処方されたことがある方も少なくないでしょう。猫喘息ではこのコルチコステロイドが治療のメインになります。以下わかりやすい様に「ステロイド」と呼びます。
ステロイドには内服、注射、吸入、ネブライザー と4種類の摂取方法があります。メリットとデメリットは以下の通りです。
どれでも実施できる猫は吸入型をお勧めします。一副作用が少なく、効果が安定しているからです。ただし効果が安定するまで数週間かかるので、最初は内服で反応をみてから徐々に切り替えていきます。
※猫用スペーサー(エアロカット AeroKat )の使い方はこちらで、ネブライザー の使い方はこちらで解説しています。
猫はステロイド耐性が高く、犬や人よりも副作用は出にくいといわれています。しかし特に注意しなくてはいけない副作用は糖尿病です。糖尿病になるとインスリン治療が必要になってしまいます。数ヶ月に1度は血液検査などで副作用が出ていないかチェックしましょう。
3.3 気管支拡張薬
文字通り気管支を拡張させ呼吸を助けます。気管支拡張薬、単独で咳を抑えることは難しいですが、ステロイドと併用することで症状を緩和させます。また気管支拡張薬は抗炎症効果はないので、気管支の肥厚(リモデリング)を抑えることはできませんので注意が必要です。吸入型の気管支拡張薬もあり、発作時に使うことができます。
3.4 その他の薬
ステロイド以外の免疫抑制剤:アレルギーが関与している場合、免疫の働きを抑えるシクロスポリンが有効な可能性があります。糖尿病を患っている場合など、ステロイドが使えない場合に使用を検討します。
去痰薬:痰の粘稠性を低下させ、痰がつまらないようにするために使われることがあります。粘液成分のムチンを抑えるムコダインなどが使われます
4.喘息発作時の対応
猫が口を開けて呼吸(開口呼吸)していたり、舌色が紫色になっている(チアノーゼ)場合は、非常に危険な状態です。すぐに動物病院に連絡するべきです。すでに喘息と診断されている場合は、発作時の準備をしておくこともできます。
4.1酸素室
発作が頻繁に起こる場合は自宅に酸素室を準備しておくと良いでしょう。動物用の酸素室をレンタルしている業者(テルコムなど)がいつくかあります。酸素室は酸素濃度を40〜50%(大気中は21%)まであげることができ、呼吸を助けます。
4.2 吸入型気管支拡張薬(サルタノール)
人の喘息発作時でも使われる吸入型の気管支拡張薬です。注意点としては嫌がる猫を無理に抑えると呼吸状態がむしろ悪化する可能性があります。日頃から使い慣れていない猫はお勧めできません。
いずれの方法にしても状態が改善しない可能性があるのでかかりつけの動物病院に連絡しましょう。夜間対応の病院も調べておくと安心です。
まとめ
猫の喘息はまだまだ不明な点が多いですが、適切に治療することで良好にコントロールできます。発症から治療開始までの期間(治療前有症期間)が短いほど、治療効果が高く、健康な時間が長くなります。咳をしている場合は経過観察せず一度受診しましょう。
また検査や治療をしても原因がわからない場合は、喘息ではない可能性もあります。その場合はBALF検査やCT検査などより進んだ精査が必要になりますが、一般的な動物病院ではそこまで対応していません。大学病院や民間の二次診療施設、呼吸器科のある病院を紹介してもらうと良いでしょう。
気管支が厚くなる(リモデリング)が起こると、苦しくなってしまうのでその前に適切な治療を受けさせてあげましょう。
参考資料
・J-vet no.377 August,2018 interzoo
・犬と猫の治療ガイド2015 interzoo
・Comparison of signalment, clinical, laboratory and radiographic parameters in cats with feline asthma and chronic bronchitis. JSFM (2019)
・Treatment of feline asthma with ciclosporin in a cat with diabetes mellitus and congestive heart failure. JSFM(2015)
・Feline Asthma What’s new and where might clinical practice be handling? JSFM(2010)