猫の問診の難しい理由の1つとして、「猫」「獣医師」「オーナー」の3者が医療に絡むことが挙げられます。これは乳幼児の医療と同じ構造ですね。猫は人間の言葉を話さない(なんとなくわかることもありますが)ため具体的な症状や気分を猫に直接聞けない、またオーナーさんが必ずしも猫の状態を把握していないため、問診で得られる情報が限られます。そもそも猫は病気になってもあまり症状を示さず、オーナーさんも1日ずっと愛猫のそばにいるわけではないので情報が限られるのは当然です。
そのため問診に時間がかかります。オーナーさんも不安で慌てていますので、たくさん話せることは話したがあまり伝わらなかった気がする、自分でも話してて混乱してきた、ということにもなりえます。本来はうまく話を引き出すのも良い獣医師の資質の1つですが、このところ立て続けに「どう説明すればうまく伝わるのか」という質問を受けました。診察中に慌てないように問診の流れと、うまく伝えるコツについて説明します。
診察の前に
初診の場合はまず診察室に通される前に問診票を書くことになるでしょう。ここでは猫の性別、年齢、品種、来院理由、過去の病気、飼育環境、フード、ワクチン接種歴、一緒に住んでいる動物などの欄があります。これは診断を行う上で非常に重要な情報ですのでわかる限り詳細に書いてください。
診察の流れ
①問診票の確認:挨拶の後、もう一度問診票に書かれている内容を確認します。年齢など正確な年齢がわからない場合はおおよその数字を聞くこともあります。この時はまだ猫はキャリーの中にいて大丈夫です。診察室で早速猫を出そうとする方もいますが、問診が予想以上に時間がかかることもあるのでまずはキャリーの中にいた方が猫も安心するでしょう。(詳しくはこちら→ストレスのかからない診察のためにできること)
ここで、最近食欲は減っていないか、飲水量に変化はないか、詳しいフードの種類、1日の食べている量、同居猫のとの関係など客観的なお話を聞きます。多頭飼育でどのくらい食べているかわからない場合はそう伝えれば大丈夫です。過去の病気が他の病院を受診していた場合はどのような治療をしたのかもお聞きします。
②来院理由の詳細:ここから来院理由に触れます。来院理由は多岐にわたりますが、基本的には「いつから」「どのくらいの回数」「その時の様子」は必ず聞かれるでしょう。この時できるだけ客観的な情報を共有するため、できるだけ数字を使い具体的に説明しましょう。
例1,嘔吐:猫で最も多い症状の1つです。猫は健康でも嘔吐をすることがあり、病的な嘔吐ととの見極めが重要です。
今日はどうしましたか?→吐く回数が増えました、いつからですか?→先月からです、どのくらいですか?→週に4〜5回です、以前はどのくらい吐いていましたか?→あまり吐かない猫でした、週に1回も吐かなかったですか?→はい、今回はどんなものを吐きますか?→液体です、色は何色ですか?→透明か少し赤いです、吐いた時はどんな様子ですか?→吐く時は苦しそうですが、そのあとはケロッとしています、吐いた後もご飯食べますか?→与えれば食べます、最近食事変えましたか?→いえ、変えてません
例2,食欲が減った:食欲が減ったという症状の場合、そこからほとんど病気の可能性を絞ることができません。腎臓病でも、がんでも、体の痛みでも、何が理由であっても食欲がなくなります。そのためより質問の範囲が広くなります。
今日はどうしましたか?→あまり食べなくなりました、1日どのくらい食べますか?→缶詰1個ぐらいです、どの種類の缶詰ですか?→カルカンのマグロです、元気な時はどのくらい食べていましたか?→2缶でも足りなくぐらいでした、いつ頃から食欲が減りましたか?→はっきり覚えていませんが、夏前はすごく元気でした、痩せた感じしますか?→痩せたと思います、尿の量は増えてませんか?→少し増えたかもしれません、何回ぐらいおしっこに行きますか?→1日4、5回は行ってると思います、便の形はどうですか→問題ないと思います、吐く回数は増えてませんか?→昔から吐く子ですが回数は増えていません、どのくらい吐きますか?1週間に1回ぐらいです、それ以外に行動の変化や環境の変化はありましたか?触られのを嫌がるようになっかもしれません。環境は大きく変わったことはありません
1問1答形式になってますが、実際にはもう少し会話に幅があるでしょう。「今日はどうしましたか?」の後にまとめて説明していただいてもokです。その後抜けている情報を個別に質問していきます。
③身体検査:猫にキャリーから出てもらい、体重測定、視診、触診、聴診などを行います。ここでも毛並みや歯肉の状態から質問があることもあります。
④相談:③の結果につて説明をしたあと、①+②+③の情報から今後の検査内容と治療プランを考え、相談します。具体的には血液検査をする必要が低いか、高いかなどです。
今回は検査の必要性が低いと判断された場合でも、オーナーさんから見て明らかに様子がおかしい場合はその旨を伝えて下さい。身体検査上で異常がなくてもオーナーさんが違和感を感じ検査をすることで病気が発見されることもあります。
反対に検査したほうが良いと言われても、持ち合わせがなかったり検査ストレスが気になる場合はこの時に伝えてください。どのくらい様子を見るのか、また対症療法を行うか決めます。
※対症療法:病気によって起きている,痛み,発熱,せきなどの症状を和らげたりなくしたりする治療法です。一時的に病気を和らげるものですので,病気そのものや,その原因を治す原因療法とは違います。
なんと表現したら良いかわからない場合は写真やビデオを
愛猫の歩きかたがおかしい時に、どのようにおかしいですか?と聞かれて、簡潔に答えるはとても難しいです。また実際に病院にくると、全く普通に歩き出す猫もよく見られます(緊張すると痛みを隠すのでしょう)。そういった場合はあらかじめビデオを撮っておくと良いでしょう。
また良くある間違えとして「咳をしている」と話していたが実は「鼻詰まり」だった、またはその逆もあります。その他にも「寝ている時に小刻みに震える」、「食べるときに歯を鳴らす」「突然攻撃的になる」なども言葉である程度どのような状態からわかりますが、動画を見れば一目瞭然です。特に行動学、神経の病気でビデオは特に有効です。
疑っている病気があれば必ず聞きましょう
多くの方は病院に行く前に猫の症状について調べると思います。例えば愛猫が急に攻撃的になったとします、それについてインターネットで調べたところ甲状腺機能亢進症という病気を見つけ、病院に行きました。しかし診察ではその話は一切出ず、様子を見てくださいと言われ疑問が残ったまま帰ってきました。これではせっかく病院に行ったのに意味がありません。
実はこの猫ちゃんはまだ3歳で、甲状腺機能亢進症の猫はほとんどが10歳以上です。若い猫で甲状腺機能亢進症はとても稀です。そのため担当医は攻撃的になった原因としてストレスや、痛み、運動不足に時間を割いていました。甲状腺は猫に多い病気なので担当医も少し説明するべきだとは思いますが、若い猫の攻撃性の原因としては優先順位は下がります。
もう少し稀な病気の例をあげると、一時メディアでスプーンを叩いた金属音などが原因で発作を起こす病気FARS(猫聴覚原生反射発作)が取り上げられました。そのニュースを読んだであろうオーナーさんの愛猫が発作を起こし「主人が鍵を落としたのが原因かもしれない」と相談されました。私はこの記事を知っていたのでピンときましたが、もし知らなかったら「なぜ鍵が原因だと考えているんだろう?」と疑問を感じ、オーナーさんと話がかみ合わなくなっていたでしょう。
疑問点を明らかにすることで診察がスムーズに
また自分の意見を言うのは失礼と考える方もいますが、私は全く失礼だと思いません。むしろ診察をスムーズに行うため是非疑っている病気を言って欲しいです。しかし「ネットで見た」「人間だとこうでは?」などの意見を言うと不機嫌になる獣医師がいるのも事実です、そのような場合は相性の良い獣医を探すべきでしょう。
先日私も腰が痛くなり久しぶりに病院に行きました。もともと腰痛はあるのですが、今回は軽い痺れがあらわれ、海外にいることもあり病院に行きました。病院では医師の方から「自分で調べましたか?」と聞かれました。なんのことかと思ったら、自分でネットを調べたかという意味でした。そのため自分では椎間板ヘルニアだと思っていると伝えたところ「あなたは若いし痩せてるから大丈夫」と笑われましたが、念のためMRIをとりたいと伝えました。その時も大丈夫だよとニヤニヤしてましたが、MRIをとる病院を紹介してもらいまいた。結果は軽度のヘルニアでそれ以外の怖い病気はないとのことでした。結局治療は「安静にすること」と変化ありませんでしたが、とても安心しました。費用はかかりましたが、検査してよかったと感じました。
まとめ
文章にすると診察中の会話は固く聞こえますが、もちろん雑談話を挟んでもOKです。気軽に会話をしてたら問診が終わっていたというの理想的な問診だと思います。
今回一番お伝えしたかったことは一番最後のことです。病名以外にも治療方法や検査方法など疑問に思うことを伝えるのはすごく大切です。もちろんオーナーさんは動物医療の専門家でないですし、インターネットには間違った情報も沢山あるので、見当違いのことを言っても大丈夫です。
また猫の闘病ブログでよく見られますが、一見同じ病気でもブログの猫には良いことでも、オーナーさんの猫には当てはまらないこともあります。なぜ当てはまらないのかを説明してもらわないとわかりませんよね。
例:腎臓病の猫において。Q「ブログの猫は皮下点滴を毎日しているがうちのこはしなくていいんですか?」 A「〇〇さんの猫ちゃんは腎臓病はグレードも低いですし脱水も見られないので今のところ必要ありません。」)
私も実体験から自分の思っていることを言うのも勇気がいるということを再確認しました。診察は獣医師が会話のペースを握りがちになります、アメリカの医師のように私の方から「調べましたか?」と聞くのはすごく良いことだと感じました。