猫は症状をあまり示さないため、病気が進行していてもオーナーさんが気がつかないことが多いです。私たちも自分の体のことでさえ気がつかないので、見逃してしまうのはある意味、仕方がないのかもしれません。健康診断を受けることで病気を早期に発見し、病気の悪化、発症を防ぐことができます。
今回は猫の健康診断について、当院の健康診断コースと照らし合わせながら、よくある質問を中心に検査の注意点を解説していきます。
1検査の種類、2健康診断の頻度、3その他のオプション
1検査の種類
「愛猫の健康は気になるけど、どんな検査を受けたら良いのかわからない」と相談されることがよくあります。これは当然なことで、私も自分の健康診断をどこまでやるべきなのかとても考えました。
猫の健康診断において、各獣医師によって考え方は異なります。私は各ライフステージあった検査を受けることが大切だと考えます。猫も年齢によってかかりやすい病気が異なります。
もちろん検査を広く行えば、カバーできる病気の範囲が広くなりますが、検査が増えればストレスが増え、費用もかさみます。その年代の猫にほとんどない病気の検査を受けさせても仕方がありません。下の表は当院の健康診断の内容です。
詳しくはこちら
ライト | ミドル | オーバー10 | |
身体検査 | ◯ | ◯ | ◯ |
全血球計算(CBC) | ◯ | ◯ | ◯ |
血液生化学検査 | ◯ | ◯ | ◯ |
尿検査 | ◯ | ◯ | ◯ |
便検査 | ◯ | ||
レントゲン検査(腹部・胸部) | ◯ | ◯ | ◯ |
レントゲン検査(肘・膝) | ◯ | ||
超音波検査(腹部・心臓) | ◯ | ◯ | |
血圧測定 | ◯ | ||
SDMA(腎臓マーカー) | ◯ | ◯ | |
T4(甲状腺ホルモン) | △ | ◯ | |
NT-proBNP(心臓マーカー) | △ | ◯ | |
DNA検査 ※1 | |||
感染症遺伝子検査※1 |
△:どちらか1つ選択 ※1オプション
検査項目について何がわかるのか、どんな検査なのか解説します。
※「具体的にわかる病気」ではイメージ掴みやすいよう具体的な病名をあげていますが、単独の検査で診断が確定することはありません。複数の検査結果、問診、症状、猫のプロフィールと組み合わせて診断を行います
・身体検査:触診、視診、聴診、体重・体温の測定を含んだ、全ての健康診断の基本になる検査です。急激な体重の減少がないか、歯肉の状態、触診で体表にしこりがないかなど5感を使ってチェックします。
具体的にわかる病気:体表のしこり、腹部の大きなしこり、痩削、肥満、脱水、皮膚の異常、心雑音、呼吸の異常、歯肉炎、口臭、発熱、低体温など
・血液全血球計算:血液の血球数(赤血球・白血球・血小板)を測定します。赤血球の数、大きさ、ヘモグロビンの量、白血球の数、種類、血小板の数がわかります。
具体的にわかる病気:貧血、白血病、白血球減少症、血小板減少症、急性炎症性疾患など
・生化学検査:肝臓酵素(ALT,AST,ALP,GGT)、腎機能のマーカー(Cre, BUN)、血糖値(GLU)、脂質代謝(総コレステロール)、タンパク質(TP,Alb,Glob,Alb/Glob)、ミネラル(P,Ca)総ビリルビン(T-bill)の15項目です。
これらの項目は人間の健康診断でも測定されるので馴染みがあるかと思います。検査結果の解釈は人と基本的には同じですが、異なるこ項目もあります。各臓器に異常がないか調べることがきます。
具体的にわかる病気:肝臓の障害、腎機能の低下、糖尿病、高脂血症など
・尿検査:尿の性状(尿pH、尿糖、尿比重など)の検査と、顕微鏡で観察(細菌、結晶など)します。猫は泌尿器の病気になりやすいので、とても重要な検査です。
具体的にわかる病気:尿路結晶、尿路細菌感染、腎臓病、糖尿病、尿路の出血、蛋白尿など
・便検査:便の性状(臭気、固さ)の検査と、顕微鏡で観察します。
具体的にわかる病気・症状:消化の程度、下痢、便秘、猫回虫やトリコモナスなどの寄生虫の感染、腸内細菌叢のバランスなど
・レントゲン検査(胸部・腹部):レントゲン線を照射をすることで体の内部を写し出すことができます。肺、心臓、腎臓、肝臓、消化管、骨などのサイズ、形を評価します。
具体的にわかる病気:横隔膜ヘルニア、肺水腫、胸水、腹水、肺がん、腎臓の腫大・縮小、尿路結石、骨の異常など
・レントゲン検査(肘・膝):猫も高齢になると関節炎が増え、特に10歳以上の高齢猫では関節の痛みが元気や食欲不振の原因になっていることも近年指摘されるようになりました。猫は喋れませんので、レントゲンで特に関節炎がでやすい、肘と膝を撮って評価します。
・超音波検査(心臓・腹部):レントゲン検査よりも各臓器を細かく見ることができます。腎臓の形、サイズ、結石、腸管の構造・肥厚などを検査する場合はレントゲンよりも効果的です。また心臓ではリアルタイムに心臓の動きを観察できるので、各種心筋症の診断に効果的です。
具体的にわかる病気:肥大型心筋症(平均発症年齢7.2歳)、尿路結石、多発性腎嚢胞、その他各臓器のがん、リンパ節の腫れなど
・SDMA(腎機能マーカー):日本では2016年から測定できるようになった新しい腎機能マーカーです。これまでの血液検査よりも早い段階で腎機能の低下を検出できます。具体的には、これ前でゃ腎機能が75%以上失われないと検出できませんでしたが、SDMAは40%の腎機能低下を発見することができますので、早期発見に効果的です。
・T4(甲状腺ホルモン):10歳以上の猫に多い甲状腺機能亢進症の検査です。甲状腺機能亢進症の症状は一見、病気とは思えない症状(活動性の上昇、食欲の上昇)が特長です。進行すると疲労感、削痩、動悸などの症状が現れます。心筋肥大、高血圧を起こし、腎臓にもダメージを与える可能性がある病気です。
1.2その他のオプション
・感染症遺伝子検査:PCRという技術を使って、細菌、ウィルスなどを検出することができます。この検査の特徴は便を回収してから時間が経っても大丈夫な点です。
猫下痢パネル:トリコモナス、ジアルジア、猫パルボウィルスなど猫の下痢の原因となる感染症10種類を調べることができます。便を持参していただく必要があります。詳しくはこちら
猫カゼ・結膜炎パネル:くしゃみ、鼻水、目やになどの原因になる、猫ヘルペスウィルス、猫カリシウィルス、猫マイコプラズマなどを、6種類の感染症を調べることができます。人のインフルエンザ検査のように鼻や喉の奥から粘液を採取し検査に出します。基本的に病院で採取しますが、飛ばした鼻水などがあれば持ってきてください。
・DNA検査
特定の遺伝子変異を持っていると将来発症しやす病気がわかっています。こういった遺伝子をチェックすることで、発症のリスクがわかります。特にブリーディングを考えている場合に重要です。カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)の研究所で検査を行います。
・肥大型心筋症(HCM):検査可能猫種→メインクーン、ラグドール
心筋が肥大し、十分な心機能を維持できなくなる病気です。例えば、メインクーンでA31Pという遺伝子変異を1つ持っていると、肥大型心筋症のリスクは約1.8倍、2つ持っていると18倍と報告されています。
・多発性腎嚢胞(PKD):検査可能猫種→全ての猫(特にペルシャ系に多い)
腎臓に嚢胞(膜に包まれた袋)がたくさんできてしまう病気です。嚢胞が腎臓を圧迫し腎機能を低下させます。特にペルシャ系の猫種(ペルシャ、エキゾチックショートヘア、ヒマラヤン)に多い病気ですが、その他の猫でもしばしばみられます。
・骨軟骨異形成症:検査可能猫種→スコティッシュフォールド
スコティッシュフォールドの特徴的な垂れ耳はF遺伝子により起こっています。このF遺伝子は優性遺伝であり、1つ持っていれば垂れ耳になります。2つ揃ってしまうと骨軟骨異形成という骨が痛む病気になる可能性が高くなります。F遺伝子を何個持っているのか調べることができます。
2健康診断の頻度
年に1度、10歳以上では半年に1度を推奨しています(AAFP米国猫医学会)。ワクチンの接種時など定期的に健康診断を行うことをおすすめします。
ただ10歳以上の場合、毎回項目が多いと大変なので、項目を絞った検査と広い検査を半年ごとに交互に行うのが良いかと思います。
3その他のFAQ
・絶食について
12時間の絶食を推奨しています。お水はそのままで大丈夫です。血液検査への影響だけでなく、超音波検査などの画像検査でも胃の中に食事があると検査の妨げになてしまうことがあります。
例):翌日10時に検査をするのであれば前日の20時まで晩御飯を終える。
・尿を持参する場合
検査精度を考えると院内で採取し、すぐに検査するのが望ましいですが、生理現象なので必ず尿が溜まっているとは限りません。
尿は採尿後時間が経過すると性状が変化して検査結果に影響を与えます。原則的に採尿後3時間以内の検査が望ましいです。すぐに検査できない場合は冷暗所(4℃)で保存し、6時間以内であれば実施可能です。
(採尿方法については近日コラムでまとめます。)
・便を持参する場合
検査精度を考えると院内で採取し、すぐに検査するのが望ましいですが、生理現象なので必ず便が取れるとは限りません。便検査は排便後、半日(6時間)以内であれば検査可能です。5g以上採取するのが望ましいです。
最後に
今後は早期発見、予防医療が獣医療でもさらに重要になってくると予想されます。新しい腎機能マーカーのSDMAや遺伝子検査など検査が実施できるようになった一方で、解釈に気をつけなくてはいけない検査も多いです。検査を受けただけでなく、正しく検査結果を理解することが重要です。
検査項目を選ぶコツは健康診断の目的を明確にすることだと思います。どの検査で何がわかるのか、どの年代でなんの病気が多いのかを知ることが、効果的な健康診断をするコツでしょう。
当院は各コースごとに推奨年齢を表示していますが、他のライフステージの検査を受けることも可能です。時間や予算と相談し猫のプロフィール(年齢、品種、過去の病歴)にあった検査をお選び下さい。