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猫伝染性腹膜炎(FIP)のアウトライン

猫の病気でよく相談を頂くものを解説します。今回は猫伝染性腹膜炎(FIP)です。誤解されやすいところ、わかり辛いところに文字数を割き、愛猫がFIPと初めて診断されたオーナーさんの情報整理のために使って頂けると幸いです。以下4つのカテゴリーに分けて説明していきます。

,概要 2,検査 3,治療 4,予後

,概要

FIPの原因は猫コロナウィルスと考えられています。猫コロナウィルスに感染した猫のほとんどは無症状または軽度の腸炎を起こす程度ですが、一部の猫ではFIPに発展します。FIPに発展すると、現在のところ有効な治療方法がなく、ほとんど全ての場合亡くなってしまいます。FIPを発症する要因としてストレスの負荷と、免疫力の低下が考えられています。FIPは若い猫(1~3歳)、純血種の猫で特に多い病気です。

,1用語

FIPを理解するために必要な用語を解説します。

・ドライタイプ:FIPの病型です。各臓器に塊(肉芽腫病変)をつくるのが特徴です。症状は塊ができる場所によって異なり、脳に塊ができると神経症状(ふらつく、ぐるぐる回るなど)が起こり、目に塊ができると眼症状(眼の濁り、眼圧があがるなど)が起こります。

・ウェットタイプ:FIPの病型です。お腹または胸に水が溜まる(腹水または胸水)のが特徴です。溜まった液体の色や成分が特徴的なためドライタイプよりも診断が容易です。

・猫コロナウィルス:感染した猫のほとんどは無症状または軽度の腸炎を起こす程度の毒性が低いウィルスです。しかし何らかの原因より猫の体内でFIPウィルスに変異するとFIPを発症します。なぜ変異を起こすのかは不明です。猫コロナウィルスは非常に蔓延しているウィルスで、ペットして飼われている猫の25~40%は過去にこのウィルスに感染したことがあるといわれています(特に多頭飼育で高い)。

猫コロナウィルスは感染した猫の便中に排泄され、乾燥した状態でも約7週間生き残る(失活しない)ため完全に根絶することが難しいです。猫コロナウィルスの感染経路の大半は糞便に含まれるウィルスですが、ごく稀に感染猫の唾液中にもコロナウィルスが排泄されることがあります。

,2症状

ドライ、ウェットに限らずFIPで共通して認められる症状は発熱、沈うつ(元気がない)、食欲不振、体重減少などです。特に1歳未満の子猫は通常、エネルギーに満ちて家の中を走り回り、たくさん食べますので、子猫にも関わらず元気がないというのが特徴的です。

また便宜上ドライタイプとウェットタイプに分けていますが、実際には症状が重複することが多いです。初期には片方の症状しか出なくても経過を追うにつれもう一方の症状が出てくることは全く珍しいことではありません。

 

ドライタイプ:塊ができた部位によって症状が異なります。頭部→発作、旋回、起立不能などの神経症状。眼→ぶどう膜炎、眼球の白濁、緑内障など。腸→下痢、嘔吐など。

ウェットタイプ:胸水、腹水に加え心囊水(心臓の膜に水がたまり心臓の動きを邪魔する)。胸水であれば呼吸困難、呼吸数の増加が見られます。腹水では腹部の膨満感(水が入っているたぷたぷ感)、重度になると横隔膜の動きを邪魔し呼吸困難が見られます。心囊水では心拍数の増加、呼吸数の増加が見られます。

,検査

FIPは診断方法が確立されていないため、診断が非常に難しい病気です。猫のプロフィール(獣医学的背景)と検査結果から総合的に判断しなくてはいけません。下図がABCD (Advisory board on cat diseases ヨーロッパの猫疾患の諮問委員会)が発表している診断のチャートになります。診断に至るまでの一例として紹介します。

このチャートはFIPの診断に使われる資料の1つです。各獣医師によって参考にする資料が異なりますのでご注意ください。リバルタ反応や、α-1酸性糖タンパク質などは行わないことも多いです。

獣医学的背景:一番上のブロックです。猫の年齢、飼育環境などからFIPの条件と一致するか確認します。一致する項目が多い場合はFIPの可能性を考えながら、検査に進みます。

ウェットタイプ:向かって左の紫色のブロックがウェットタイプです。FIPは滲出液(胸水、腹水など)の性状が特徴的なので、滲出液を採取できれば診断が比較的容易になります。特に滲出液中にPCR検査でコロナウィルスが検出された場合はFIPの可能性が極めて高いと言えます。(通常猫コロナウィルスは消化管の局所感染のみで全身感染には至らないため)

ドライタイプ:向かって右側のエンジ色のブロックがドライタイプです。ドライタイプは特徴が13項目あり、全て一致すると赤い「FIPの可能性が高い」に進みます。しかし現実的にこの13項目が全て当てはまることは少なく、このチャートに沿うとその下の特殊検査(生検)に進むことになります。

特殊検査(生検):FIPを疑う猫から手術で病変組織を採取し、免疫学的染色により猫コロナウィルス抗原を調べる検査です。この検査で陽性であればFIPと診断できますが、麻酔をかけて手術をする必要があります。ただでさえ状態の悪い時に麻酔をかけるので、猫の負担や、病変部の場所、金銭的な負担、またFIPの予後の悪さから実際に行われることはあまり多くありません。

ドライタイプのチャートに戻ると「13項目中いくつか所見が一致したが、生検検査を行えない」場合は行き場がなくなってしまいます。実際にはこういったケースが非常に多いため、このチャート通りに診断が進むことはほとんどありません。ここにFIPの診断の難しさがあり、チャートが機能しなくなった場合は獣医師に判断が求められます。

なぜ「FIPの可能性が高い」なのか

チャートを見て頂くと、中心に赤いブロックで「FIPの可能性が高い」と書いてあり、あくまで確定診断ではないことが強調されています。ここまで条件が揃っていても「確定」とはいえません。あくまで確定診断には特殊検査が必要になり、それだけFIPの診断がややこしい病気だということが伺えます。

その他の検査

・猫コロナウィルス抗体:血液中の猫コロナウィルスの抗体を調べます。猫コロナウィルスと変異したFIPウィルスのどちらが感染しているのか区別はできないため、この数値が高いからといって必ずFIPとは言えません。健康な猫でも40%、多頭飼育環境では最大90%のは陽性になるので注意が必要です。「猫コロナウィルス抗体が高いため、FIPである」と誤診されるケースが多く、抗体検査の結果の解釈にはとても注意が必要です。

・猫コロナウィルスPCR検査:腹水、胸水、脳脊髄液などから猫コロナウィルスを検出します。以前は抗体検査と同様に猫コロナウィルスと変異したFIPウィルスは区別できませんでしたが、最近できるようになりました(IDEXX)。これによりFIPウィルスが陽性であればより強くFIPと疑うことができるようになりました。

・リバルタ反応:腹水、胸水などの蛋白量を判定する簡易的な検査です。現在では蛋白量を簡単に測定できるようになったので行なわれないことが多いです。

α1酸性糖蛋白:炎症刺激により増加する急性蛋白の1つ。猫ではCRP(C反応性タンパク:犬や人間で使われる炎症マーカー)が鋭敏に反応しないことから、それに代わる炎症マーカーの1つです。FIPは激しい炎症を起こすので、α1酸性糖蛋白が上昇します。

・蛋白分画:血中のどんなタンパク質の種類が高いか調べることができます。FIPは血中タンパク質が高くなるだけでなく、特徴的な増え方をします。蛋白分画によりFIPの特徴と一致するタンパク質の増え方をしているか、確認することができます。今回のチャートには登場していません。

・針による細胞診を用いた遺伝子検査(PCR)

上PCRという遺伝子検査を行うことで少量の細胞でも診断ができるようになり、針で採取した細胞でもFIPの診断ができる可能性があります。上記の組織検査よりも精度は落ちますが、最大のメリットは麻酔をかけてなくてすむ点と、猫のダメージが少ない点です。リンパ節が明らかに腫れているなど針で狙うことができる場所に病変があることが条件になります。

 

, 治療

残念ながら現在のところFIPを完治させる治療方法は発見されていません。いくつかの治療薬が生活の質を高めるために使用を検討されています。

→治療方法が開発されましたこちら

プレドニゾロン/デキサメタゾン:抗炎症作用、免疫抑制作用により、症状を和らげます。

オザグレル:血管炎の緩和を目的として。

猫インターフェロンω:症状の軽減、ウィルスの抑制を期待して。

3.1新しい治療

FIPは治療が難しい病気ですが、様々な薬が試されており、年々報告されています。しかし一部の症状緩和は認められますが、完全治癒が期待できる治療方法は確立されていません。いずれもデータ数が少なく、さらなる研究が必要です。

・ポリプレニル免疫刺激剤(PI)

免疫システムを刺激することで治療効果が期待されています。ドライタイプのFIPに対して生存期間の延長、症状の改善を認めたという報告があります。

・プロテアーゼ阻害薬(GC376)

ウィルス粒子に必要なタンパク質を作る上で必須のプロテアーゼという酵素を阻害します。人ではHIVの治療薬としても使われることがあります。 FIPの猫に使用したところ症状の一時的な消失を認めたと報告があります。

・高容量シクロスポリン療法

免疫抑制剤であるシクロスポリンを高容量で使うことで胸水の貯留量が減ったという報告があります。こちらは国内の報告です。

 

FIPが自然治癒した??

インターネットなどで「FIPが無治療で治癒した」といった話を聞くことがあります。こういったケースではFIPの診断が甘く、組織検査(上記の特殊検査・生検)を行っていないことがほとんどです。つまり、その猫ちゃんはFIPによく似た症状であり、実はFIPではなかったかもしれません。FIPは無治療で致死的な疾患です。

予防

FIPの予防はストレスが少ない環境で飼育すること、多頭飼育を避けることです。ストレスの少ない環境に関してはこちらを参考にしてください。猫コロナウィルスに感染しないことはFIPを避ける唯一の方法ですが、猫コロナウィルスは蔓延しており、ブリーダーや猫シェルターから完全に排除することは非常に難しいです。実はワクチンも開発されていますが、効果に疑問があるため日本では認可されていませんし、米国でも使われることは限定的な条件下のみです。

まとめ

今回はFIPの診断に重点をおいて解説しました。上のチャートからFIPの診断がいかに難しいか理解して頂けたでしょうか。特にドライタイプの場合は、確定診断がつくことの方が珍しいぐらいです。治療に関しては様々な方法が試みられていますが、現在のところFIPを根本的に治癒する方法はいまだ発見されていません。FIPは若い猫に多く、予後が悪いとても悲しい病気です。FIPウィルスが最近の研究で解明されつつあるので、治療法が開発されることを期待します。

参考資料

・ABCD FIP 感染症防御及び管理に関するガイドライン

・Diagnostic of feline infectious peritonitis. JFMS. 2018

・Polyprenyl Immunostimulant treatment of cats of presumptive non-effusive feline infectious peritonitis in a field study. Front Vet Sci.2017

・Efficacy of a 3C-like protease inhibitor in treating various forms of acquired feline infectious peritonitis. JFMS. 2018

・Treatment of a case of feline infectious peritonitis with cyclosporin A.  Vet Record Case Report. 2015