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猫のヒゲ 〜洞毛の実力とその謎〜

悪そうな顔にヒゲが似合っています

猫のヒゲをよく見てみると、思ったより長いなと感じないでしょうか。あどけない顔の子猫でもなかなか立派なヒゲをたくわえていますね。

人間のヒゲは口周囲を守るために毛が残っているといわれますが、猫のヒゲは少し違います。ヒゲの根元に運動を感知する神経があり、どんなに小さい動きや、空気の流れを感知することができます。また付着している筋肉(立毛筋)により動かすことも可能です。通常の被毛と区別して「触毛」「洞毛」などと呼ばれます。洞毛は口の周囲以外にもありますが、ここではまとめて洞毛をヒゲとして扱います。

洞毛の位置

黄色:眼窩上 赤色:頬部。 水色:鼻部。もっとも発達している 紫色:下顎部。見落としがちだがしっかり生えている

 

足にもヒゲ?

洞毛は前肢の手根部にも生えています。愛猫の前肢の手根球(少し離れた肉球)の近くをみてみましょう。3〜4本ヒゲが生えていませんか?この部分の洞毛は特に触覚に敏感で、前肢で獲物を掴む肉食動物の特徴です。獲物の捕獲(捕まえた獲物の微妙な動きを察知し、まだ動いているのであれば息の根を止める)障害物を避けるなど行動に関連しているのではないかと考えられています。

洞毛の実力

洞毛は重さにしてわずか2mg、あるいは洞毛の向きに対して反対へ5Å(オングストローム)の動きに対して神経のインパルスが発生します。1Åは100億分の1メートルなので、センチメートルにすると5Å= 0.00000005cm ということになります。漫画のような単位ですが、猫の洞毛は信じられない微量な動きを感知していることがわかります。

これにより夜間でも視覚に頼らず近くの物体に反射された空気の流れを感知することができます。

動くヒゲ

洞毛は筋肉がついているので自由に動かすことができます。ヒゲの動きから猫の気分を探ることもできます。猫が歩いているときは広い範囲を感知するためにヒゲを外側に向けてワサッと突き出します。反対に猫が休んでいるときはヒゲをたたむように後ろに向けます。他にも猫同士が挨拶をしたり、匂いをクンクン嗅ぐときのヒゲはだらんと寝た状態になります。

猫のヒゲが抜けてしまいましたが大丈夫ですか?

上記の通りヒゲは猫にとって重要な感覚器ですが、風もなく、安定したテーブルや階段を移動する室内では問題になることは少ないです。「ヒゲを切ると平衡感覚がなくなりまっすぐ歩けなくなる」という話を聞きますが病院で見たヒゲがない猫達の歩き方は正常でした。視野が暗くなる夜間や不安定な木の上を移動する時などはヒゲによる情報が欠けると動きに影響がでるのでしょう。

ヒゲが抜けるまたは切ってしまった例として:トリミング時に誤って切ってしまった、アイロンに近づいてヒゲが焼けた、抗がん剤の副作用で抜けた(抗がん剤で被毛が抜けることは殆どありませんが、ヒゲは抜けることがしばしばあります)などがあります。

もちろんヒゲがなくなると外部からの情報が減り、不安を感じますし、痛いのでわざと抜くようなことは絶対にしないでください。

デブ猫はヒゲが長い?

洞毛は放射状に顔の周りを囲んでおり、狭いところに入るときはヒゲによるチェックで通過できるか判断します。そのため猫は頭さえ通ることができれば、体も通ることができるのです。しかし肥満度が高い猫は顔よりも体が大きくなっていることも。その場合は体のサイズに合わせてヒゲが伸びるのでしょうか。

残念ながら猫の肥満度とヒゲの長さに関する文献はみつかりませんでした。確かに肥満猫はヒゲが長いことが多いと感じますが、短いままの猫もおり、「デブ猫はヒゲが長い」ということは一概には言えないでしょう。

ヒゲと猫白血病ウィルスの話

最近国内で、洞毛が波状である猫は猫白血病ウィルス(FeLV)に感染している確率が高いと報告されました。この論文では2カ所以上の折れ曲がっている部位を持つ洞毛が2本以上あった場合を波状洞毛をもつ猫と定義しています。猫白血病ウィルスに感染している猫の洞毛を調べたところ洞毛髄質が断裂していたり、小さくなっていることがわかりました。そのようなことが起こるメカニズムや時期については現在のところ不明であり、さらなる研究が必要と述べられています。

(波状洞毛を持つネコの白血病陽性率に関する検討)

もともと被毛にパーマがかかっているラパーマやセルカーク・レックスなどの猫種はヒゲも波状になっています。また扉に挟んだりして、ヒゲが折れた場合などはもちろん白血病ウィルスとは関係ないでしょう。ヒゲが曲がっている=白血病ウィルスに感染している、ではないので注意しましょう。

まとめ

ネコのヒゲは実に多岐にわたる働きがあることがわかりました。猫の身体能力が注目されますが、それはヒゲのおかげでもあるのですね。猫のかわいい理由にヒゲをあげる人はあまり聞きませんが、改めて猫のヒゲを見てみると猫のなんともいえない表情を作るのに重要なパーツのようにもみえてきます。