猫の心臓疾患のほとんどを占める心筋症について米国の獣医内科学会(ACVIM)がガイドライン(合意声明ガイドライン)を2020年に更新しています。心筋症は検査の機械が日々進化しており知識のアップデートが早い分野の1つです。今回のガイドラインについて印象に残ったところを抜粋して解説します。
1:心筋症の分類〜表現型を用いた分類〜
心筋症は心臓の形や動きの特徴から肥大型心筋症、拘束型心筋症、拡張型心筋症、不整脈原性右室心筋症そして分類不能型の5つに分類されます。これは以前から変わりません。
新しいガイドラインでは”表現型”という言葉を使っています。分類は上の5つですが、それぞれの心筋症は他の病気が原因のものと、全く原因がないものがあります。例えば肥大型心筋症の特徴である心筋壁の肥厚は、甲状腺機能亢進症によっても引き起こされます。
その場合甲状腺機能亢進症を治療すれば肥厚は治るのですが、最初の段階では区別がつきません。そのような状態を肥大型心筋症の”表現型”と呼ぶことを提唱しています。
表現型の方がカバーしている範囲が広く、原因となる疾患を除外してようやく”肥大型心筋症”と診断されます。ガイドラインでは表現型と診断をしっかり使い分けましょう、と強調されていました。またこれまで分類不能型と呼ばれていたものを”非特異的表現型”と呼びましょうと提案しています。
ただし、心筋症の分類によって治療内容が違うかといえば、実はそうではありません。後述するステージ分類をもとに治療方針が決まります。また心筋症の分類は循環器専門の獣医師でも意見が分かれれることがあり、正確な分類は非常に難しいとされています。
2:心筋症のステージ分類
ステージ分類はA~Dがあり、アルファベットが進むにつれて重度になります。
ステージA:素因はあるものの心臓は全く正常な猫。「素因あり」と記述されているだけで具体的な例はあがっていませんでした。このステージ分類を作成する上で参考にしたとされる犬の僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインではステージAについて「ダックスフンドやキャバリアなどの好発犬種」と記載されています。そのため猫ではメイン・クーンなどの猫種が当てはまると考えられます。
ちなみにこのガイドラインで肥大型心筋症のリスクが高いと紹介されている猫種は以下になります→メイン・クーン、ラグドール、ブリテッシュ・ショートヘア、ペルシャ、ベンガル、スフィンクス、ノルウェイジャン・フォレスト・キャット、バーマン
ステージB:心筋症はあるものの症状が全くない猫です。聴診で心雑音が見つかったり、健康診断または手術前の検査(主に超音波検査)で心筋症がみつかった猫が当てはまります。Bは症状が出るリスクが低いB1と、リスクが高いB2に別れます。主に心臓の左心房(下イラストの赤丸)という部位が中程度以上拡大しているとB2に分類されます。左心房のサイズは超音波検査で測定することができます。
ステージC:すでに呼吸が荒い、胸に水が溜まっている(胸水)場合です。心臓の機能が低下すると、体の中の血液が渋滞を起こし「うっ血」という状態に陥ります。うっ血をすると肺や胸に水が溜まり呼吸がしにくくなります。心臓病によりうっ血を起こすことを「うっ血性心不全(CHF)」といいます。
また猫の心筋症では血栓ができることがあり、それが動脈に詰まることを「動脈血栓塞栓症(ATE)」と呼びます。詰まる部位では後ろ足が一番多く、症状としては突然歩けなくなります。血栓が詰まると血液の流れが変わるのと、痛みで心臓病が悪化して呼吸困難に陥り、非常に危険な状態になります。
今は症状がなくても過去にうっ血性心不全や動脈血栓塞栓症になったことがある猫もステージCに分類されます。また症状という点では、人や犬では心臓病の時に咳が出ますが、猫はほとんど出ません(個人的には一度も経験したことがありません)。このガイドラインでも咳には全く触れられておらず、猫の心臓病ではほとんど咳は出ないと考えられます。また失神も一般的ではないと言及されていました。
ステージD:症状があり、治療を行っても改善しない状態です。かなり厳しい状態と言わざるえません。胸水が溜まっている場合は、水を抜くことで一時的に改善しますが、すぐにまた溜まってしまうことがほとんどです。
3:治療
ステージA:治療に関する記述なし。引き続き定期検診時に心臓をチェックしましょう。
ステージB1:最も意見が別れるところですが、一般的には治療は推奨されません。左心室から大動脈に向けての血流に閉塞(動的左室流出路閉塞:DLVOTO)がある場合は心拍を抑える薬(アテノロール等)の使用を検討しても良いです。B2に悪化しないよう年1回はモニターをするよう推奨されています。
ステージB2:左心房の拡大などが認められる、動脈血栓塞栓症(ATE)の予防薬(クロピドグレル、アスピリンなど)が推奨されます。特にATEのリスクが高い場合は複数の抗血栓予防薬をへ併用することも検討しても良いでしょう。
血管を広げるACE阻害薬(ベナゼプリル)やARB(テルミサルタン)、心筋の収縮力を強くする薬(ピモベンダン)を使用する強い根拠はないため、使用するか否かは意見が別れるところです。不整脈がある場合は心拍を落ち着かせる薬(アテノロール)の使用を検討しても良いでしょう。
ステージC:症状が強く出ている急性期と、安定している慢性期に分かれます。
急性期:うっ血性心不全を起こして、実際に呼吸が苦しい時期です。肺水腫や胸水が溜まっている可能性が高いです。体から水を抜いて心臓の負担を減らすため利尿剤(フロセミド)の使用が推奨されます。この薬は腎臓病を悪化させる可能性があり、腎臓病を併発している猫は注意です。それ以外には低血圧などが認められる場合は心筋の収縮力を強くする薬(ピモベンダン)の使用が検討されます。
慢性期:呼吸が落ち着いて退院できている状態です。利尿剤(フロセミド)をミニマムでコントロールできる量に調整します。自宅に置いて安静時もしくは睡眠時に呼吸数が1分あたり30回以下にできていると良いとされます(呼吸数の測定)。ただしウトウトしている時に浅い呼吸で呼吸数が多い猫もいるので、呼吸数が30回/1分を超えているからといって一概に心臓病というわけではありません。B2同様に血栓の予防が推奨されます。症状が安定していても数ヶ月に一度は診察を受けることが推奨されます。
ステージD:治療しているにも関わらず症状が改善しない状態です。肺水腫がある場合は高容量の利尿剤を試す、胸水が止まらない場合は定期的に抜去することで呼吸が楽になります。それ以外には心筋の収縮力を強くする薬(ピモベンダン)の使用を考慮したり、高塩分食を避けることが推奨されます。ただし塩分の制限よりもカロリー摂取を優先させるべきであり、低塩分食にこだわりすぎて体重が減ることは望ましくありません。
まとめ
・表現型という概念が加わった
今回はガイドラインの中でも特に気になる点のみ解説しました。まず最初に扱った表現型による分類に関しては飼い主さんは把握する必要はありませんが、心筋症が色々な要因が絡んで発症しているのと、単純な分類ではなく重複していることがイメージ図からも感じとられると思います。
・症状によるステージ分類が明確になった
そして猫の心筋症でも明確なステージ分類が提案されました。これにより、飼い主さんに説明する上でも現在の状態がわかりやすくなったと思います。
心筋症の治療はシンプルになってきているように感じます。これまで「効果があるかもしれない」と使用されていた薬が、研究で有効性を示せていません。一方で、循環器専門医においては高い検査技術と豊富な経験をもとに、ガイドラインを超えたの治療を実践している施設も多いです。都市部では動物の循環器専門病院も増えてきていますので、心配な方やより強度の高い治療を希望される場合はかかりつけの獣医師にお願いすれば紹介してもらうこともできます。
すでに心筋症と診断された猫、リスクが高い猫種の飼い主さんの情報の整理として、このページが少しでもお役に立てればと思います。
・参考資料
Luis Fuentes, Virginia, et al. “ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats.” Journal of veterinary internal medicine 34.3 (2020): 1062-1077.
Keene, Bruce W., et al. “ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs.” Journal of veterinary internal medicine 33.3 (2019): 1127-1140