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猫の膵炎のアウトライン

猫の嘔吐の原因の1つである膵炎。動物病院で「膵炎かもしれない」と言われたことがある方もいるでしょう。猫の膵炎の存在は40年以上前から認知されていましたが、最近まで明確な診断方法がありませんでした。そのためか、ウェブ上でも猫の膵炎に関する記述は他の病気と比べて非常に少ないです。

膵炎は人でも多い病気で、実際に飼い主さんが膵炎の患者だった場合「膵炎だったらもっと症状が強いのでは」と疑問に感じるかもしれません。猫は慢性膵炎が多いため、あまり極端な症状が現れない(また猫は痛みを隠す)こと、そして元々嘔吐しやすい動物であることから人の膵炎と受ける印象が異なります。

今ひとつ掴みどころがない「猫の膵炎」、愛猫が膵炎と診断された時に、病気の理解と情報整理のために読んで頂けると幸いです。以下4つのカテゴリーに分けて説明します。

1.概要 2.検査 3.治療 4.予後

1.概要

膵炎は文字通り膵臓の炎症であり、症状として上腹部の痛み、嘔吐、食欲不振などが現れます。ある研究では死後の剖検では67%の猫が膵炎であったと報告しています。

膵炎には急性と慢性があり、猫では慢性が多いと報告されていますが、経過が似ることがあり線引きは難しいです。一般的に急性の方が症状が強くでます。

慢性膵炎は脂肪肝(肝リピドーシス)や糖尿病、炎症性腸疾患(IBD)、膵外分泌不全などの病気と関連していることが明らかになっています。

治療に関しては「膵臓に効く薬」というものはないため、原因を取り除き栄養管理、痛みの緩和、嘔吐のコントロールを行うことが治療になります。

1.1 膵臓の機能

膵臓の機能は以下の2つで、これは人と同じです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%86%B5%E8%87%93

・消化酵素の分泌(外分泌)

タンパク質分解酵素であるトリプシン、炭水化物の分解に働くアミラーゼ、脂質の分解に働くリパーゼなどを含む膵液を分泌します。これらの消化酵素は胃液などと混ざると初めて活性化します。これは、膵臓自体が消化酵素によって消化されてしまわないようにする為です。膵液の流れが悪くなったり、詰まったりして膵臓内で消化酵素が活性化してしまうと急性膵炎が生じます。

・血糖値の調整(内分泌)

血糖値を低下させるインスリン、血糖値を上昇させるグルカゴンなどを分泌し、血糖値を適切な範囲に保ちます。この調整がうまくいかないと低血糖や糖尿病になってしまいます。

1.2 猫の膵炎の原因

猫の膵炎は急性、慢性に限らずこれといった原因は明らかになっておらず、医学用語では「特発性」と言われます。人ではアルコールの摂取と、胆石が原因に挙げられますが、猫はアルコールを嗜みませんし、胆石との関連性も今のところ不明です。

肝臓で作られる胆汁と膵臓で作られる膵液が腸に分泌される。胆汁は脂肪を乳化して、消化酵素の働きを助ける。左図の犬に比べて、猫は胆汁が通る総胆管と膵管が合流してから腸に到達する構造になっている。

「解剖学的に猫は膵管が総胆管と合流してから十二指腸に開口しているため、膵管が詰まりやすいのでは?」とも言われますが、どこまで関係しているか不明です。

1.3 急性膵炎と慢性膵炎の違い

急性膵炎が急速に起こりそれが慢性化したものが慢性膵炎、と思われがちですが実際には異なります。両者の区別には顕微鏡での検査(病理組織検査)が必要ですが、実施には麻酔や検査による猫へのダメージを考慮し、病理検査が行われる事はまれです。そのため現場では症状の程度や血液検査結果から病態を想定しながら治療を行います。

急性膵炎 慢性膵炎
病態 消化酵素が膵臓内で活性化することによる自己消化、また細菌が膵臓何に侵入する(化膿性膵炎)。 膵臓の細胞や組織が長い時間をかけて破壊され、線維化を起こしていく。
症状 上腹部の激しい痛み、嘔吐、食欲廃絶など。突然発症するので夜間でも救急対応が必要なことも。入院にて適切な治療を行っても亡くなってしまう危険性がある。 嘔吐、痩せる、下痢(特に未消化便)など。肝臓リピドーシスや糖尿病などを合併すると危険な状態に。
病理所見 好中球を主体とした炎症細胞。脂肪壊死。化膿性では細菌感染。  リンパ球を主体とした炎症細胞。線維化。腺房萎縮。

2.検査

猫の膵炎は現在でも診断に苦労します。猫は人のように上腹部の痛みを訴えることができないどころか、痛みも隠します。また、人や犬の膵炎のマーカーである血中アミラーゼや血中リパーゼが猫ではあまり参考になりません。そして膵炎の症状は「なとなく食欲がなくなった」「なんとなく吐くようになった」など、とても曖昧です。

2.1 血液検査

・血中アミラーゼ、リパーゼ検査:猫ではあまり参考にならないため、血液検査で測定しない病院も多いです。膵炎であっても感度が低く上昇しない、また肝疾患、腎疾患、腸疾患で上昇してしまうため、膵炎のマーカーに適しません。

※DGGR基質を用いた新しいリパーゼ検査は猫膵特異的リパーゼと近い価値がある

・猫膵特異的リパーゼ(Spec fPL):通常の血中リパーゼよりも検査の信頼度が高い検査です。血液中のリパーゼは膵リパーゼ以外にも、胃リパーゼ、肝リパーゼなどがあります。そのうち膵リパーゼのみを測定しているのが猫膵特異的リパーゼです。

Spec fPLが高い → 検査結果の信頼性が高い(特異度が高い)→膵炎と診断される
Spec fPLが低い → 検査結果の信頼性が低い(感度が低い)→”膵炎ではない”とは限らない

しかし猫膵特異的リパーゼも結果の解釈には注意が必要です。この検査は、数値が高ければ膵炎と診断されます。一方で低かった場合は必ずしも”膵炎ではない”とは言えません。数値が上がりにくいため、実際には膵炎でも正常値で検査結果が出ることがあるからです(ある報告では32%)。

2.2 画像診断

超音波検査:猫の膵臓(pancreas)

麻酔なしで行える画像検査にはレントゲン検査、超音波検査がありますが、膵炎の場合おもに超音波検査が重要です。膵臓の形や膵臓周囲の組織の変化を評価します。検査としての信頼度は超音波検査機器の性能、検査を行う者の熟練度、猫の気質(一定時間の超音波検査を許容できるか)に大きく左右されます。

猫の膵臓は形やサイズに幅があり、加齢によって膵管が太くなっていることがあります。そのため画像診断専門の獣医師であっても、超音波検査単独で膵炎を診断することは難しいです。猫でもCT検査は可能ですが診断価値がそれほど高くなく、麻酔も必要なため、膵炎単独の場合は実施されることは稀です。

3. 治療

膵臓に直接効果があるという薬はありません。そのため点滴や痛みの管理、栄養補給が治療のメインになります。また猫の膵炎は糖尿病や肝臓の病気、腸の病気を合併していることが多く、膵炎と合併症の両方の治療を行うことが大切です。

3.1 主な治療

・輸液:嘔吐や下痢によって水分を失うため、輸液による水分の補充はとても大切です。膵臓に適切な血流を確保し、回復を促します。また嘔吐が続くとミネラルのバランスが崩れるため、それも点滴により是正します。

・痛みの管理:猫は犬よりも明らかな腹痛を訴えることは少ないですが、鎮痛剤の投与により症状が改善することが多いです。顔には出さなくても、猫も痛みを感じているからです。オピオイド系鎮痛薬のレペタン、フェンタニルパッチなどが使われます。

・嘔吐の管理:頻回の嘔吐は膵炎を悪化させ、脱水、栄養不足を助長します。制吐剤によって嘔吐を抑えます。具体的にはマロピタント、オンダンセトロン、メトクロプラミドなどの薬が使われます。マロピタントはお腹の痛みも緩和させる効果も期待できるため猫の膵炎で重宝されます。

・栄養管理:かつては膵炎に対して24〜48時間の絶食を行うべきという考えがありましたが、現在では人の医療でもできるだけ早く口からの栄養補給(経腸栄養補給)が推奨されています。特に猫の場合は栄養不足が長期化すると肝リピドーシスを起こす可能性があり、大変危険です。

しかしほとんどの膵炎の猫は食欲はありません。注射器を使った食事補助、または栄養カテーテルを鼻や食道、胃に設置して必要な栄養素を摂取します。鼻カテーテルは麻酔をかけずに設置できるため、治療初期の体調が悪い時期の栄養補助に適しています。

メリット デメリット
食餌補助 ・カテーテル不要 ・猫が拒否することが多い
鼻カテーテル ・麻酔なしで設置できる ・猫が自分で抜いてしまう

・鼻に不快感

・カテーテルが細いため流動食しか使えない

食道カテーテル ・太いカテーテルを設置できる(高タンパク食を流せる)

・手技が簡素

・嘔吐した時に抜けることがある

・食道に不快感

・麻酔が必要

胃カテーテル ・太いカテーテルを設置できる(高タンパク食を流せる)

・もっとも強固で長期間使用できる

・食道にカテーテルがないため不快感少ない

・栄養状態が悪いと腹膜炎を起こすリスク

・麻酔が必要

その他に静脈点滴で栄養管理を行うことを”非経腸栄養補給”といいます。重度の栄養失調や嘔吐が激しい場合に使われることがあります。長期間行うと腸の細胞が弱ってしまうため、できるだけ早く経腸栄養補給に切り替える必要があります。

(流動食:ロイヤルカナン クリティカルリキッド)
・食事の種類:人や犬では高脂肪食が膵炎の悪化要因になりますが、猫では現在のところ関連性は明らかになっていません。

経験的に他の動物同様に脂肪が少ない食事を推奨する獣医師もいますが、個人的にはそこまで厳格に食事の種類を制限する必要性は低いと感じます。それよりも肝臓リピドーシスを起こさないよう、高タンパク質のフードが望ましいと考えられます。

(胃・食道チューブから給餌可能なロイヤルカナン 多飲サポート)
3.2 その他の治療

上記の治療は多くのケースの膵炎で推奨されるものです。その他に個々の猫によって必要だったり、科学的な裏付けは不足していても、効果が期待されている治療法をここで説明します。

・抗生物質:猫の膵炎に細菌が関与している事は稀ですが、敗血症や腹膜炎がある場合は投与されます。感染予防の意味で使われることもあります。

・グルココルチコイド:いわゆるステロイドです。猫の膵炎は他の疾患を併発している事が多いです。特に膵炎・胆管肝炎・炎症性腸疾患の複合を「三臓器炎」と呼ばれる事があります。こう行った場合、グルココルチコイドなどの抗炎症薬は効果的に働きます。また単独の慢性膵炎に対しても抗炎症作用は回復を助けると考えられます。

・蛋白分解酵素阻害剤:膵臓の酵素の活性を抑え、膵炎の重症化を防ぎます。大きな効果は認められていませんが、人の急性膵炎でも広く行われている治療です。フォイパン、フサンなど。

・ヒスタミンH2受容体拮抗薬:胃酸の分泌を抑える薬です。胃酸による膵臓の刺激を抑える為に使われますが、人の膵炎で痛みを悪化させる恐れがあるため猫でも投与の是非が見直されています。胃を保護する目的がある時にも使われます。ラニチジン、ファモチジンなど。

・コバラミン:ビタミンの一種です。猫ではコバラミンの吸収に膵酵素が欠かせないため、膵炎になると低下している事が多いです。コバラミンが不足すると腸が弱って下痢や嘔吐を起こします。

・膵酵素:人の膵炎で膵酵素を補助的に与える事で、痛みが減ったという効果があったため、症状緩和のために使われることがあります。慢性膵炎が続き、膵酵素が不足している猫では積極的に使います。

予後

予後とは今後の病状についての見通しで、進行具合や生存率を示します。急性膵炎により、嘔吐が止まらず、重篤な症状を示している場合、予後は悪いです。

しかし猫の膵炎の多くは慢性で、適切な治療を行えば予後は良好です。慢性膵炎は治療により回復する事が殆どですが、再発することもあり飼い主さんの長期的な管理や治療が必要になる事があります。慢性膵炎でも糖尿病や肝臓リピドーシスを併発していると注意が必要です。

まとめ

猫の膵炎は膵特異的リパーゼの測定ができるようになり、診断される事が増えました。動物病院で「膵炎”かも”しれない」といわれるのは症状が曖昧で、診断方法が確立されていない病気だからです。猫自体が吐きやすい動物なので、慢性的に嘔吐していても気がつかれないことも多いです。

膵炎の治療は栄養管理と症状の緩和が主になります。再発することもあり、長期的な治療が必要になることもあります。通常慢性膵炎で命を落とす事は少ないですが、合併症があると危険です。定期的にモニタリングし、早い段階で気づいてあげましょう。

参考資料

・PANCREATITIS IN CATS. Is it acute, is it chronic, is it significant? JSFM 2015

・Treatment recommendations for Feline Pancreatitis. IDEXX 2011