内視鏡(胃カメラ)は1950年代に開発されました。その後急速に改良が加えられますが、人の10分の1ほどの体重の猫。医療を行う上で体のサイズが障壁になることがあります。従来9〜11mmの太さだったものが、5mmになり鼻から入る経鼻内視鏡が登場し、猫医療でも使えるようになりました。当院でも内視鏡機器を導入しましたので、今回は内視鏡検査のメリット、デメリットについて解説します。
1.内視鏡の適応、2.内視鏡のメリット、3.内視鏡のデメリット
1.内視鏡の適応
猫で内視鏡が有効的に活用できるのはどのような病気や状況でしょうか。ほとんどが4つのケースに当てはまると思います。人医療では胃ガンや大腸ポリープの検査に使用されることが多いですが、猫ではこれらの病気はあまり多くありません。
1.1異物を切らないで取り除く
内視鏡検査は獣医療においても一般的なものになっており、多くの動物病院で導入されています。これまで動物病院で最も内視鏡の出番が多かった理由は異物の誤飲だと思います。
猫ではそこまで多くありませんが、犬はボールや骨を飲み込んでしまう事故が多いようです。これまで胃を開けて摘出していたものが、切開する必要がないので、動物の負担を大きく減らすことができます。
1.2 IBDと低悪性度消化管型リンパ腫(LGAL)の見極め
猫医療ではこの目的で内視鏡検査をすることが一番多いと感じます。内視鏡の本来の目的は消化管の観察や組織の採取(生検)です。高齢の猫に多い炎症性腸症(IBD)、低悪性度消化管型リンパ腫(LGAL)は慢性的な嘔吐、下痢、体重減少など同じような症状を示します。超音波検査でも似たような所見が得られるため、診断には組織を採取し病理検査が必要になります。内視鏡を使うことで負担が少なく診断できます。
1.3 原因不明の消化器症状(下痢、嘔吐、血便など)の精査
通常の便検査、超音波検査、血液検査などで全く異常がないにも関わらず消化器症状(下痢、嘔吐、血便)が治まらない場合の精査として行います。食道が細く狭窄している、超音波では検出できない大腸のがんなど、猫では比較的まれな病気が見つかることがあります。
1.4 内視鏡を使った胃チューブの設置
口からご飯が食べられない猫に対して栄養補給ルートを確保するために胃チューブを設置します。内視鏡を使うことでスムーズで安全に設置することができます。
猫では特に脂肪肝(肝リピドーシス)の治療に栄養チューブの設置が効果的であることから選択されます。そのほかには、口の腫瘍などで物理的に食物が通らなくなってしまったケースなどでも選択される治療方法です。
2.内視鏡のメリット
2.1 体の負担が小さい
まず一番のメリットとして開腹手術に比べると圧倒的に負担が小さいです。異物の摘出でも内視鏡であれば日帰りで帰ることができることもあります。腸の組織を採取(生検)する場合も、このメリットは大きく発揮されます。
2.2 リアルタイムに消化管の内面(粘膜面)を観察できる
近年の内視鏡は十分な解像度があり、超音波検査では検出できない胃や腸の粘膜表面の異常を観察することができます。小さなポリープ、リンパ管の拡張、粘膜の出血などが見つかることがあります。
3. 内視鏡のデメリット
内視鏡は獣医療にも大きな恩恵をもたらしましたが、苦手なこともあります。できる限り内視鏡で対応してあげたいですが、場合によっては実施できません。
3.1 麻酔が必要
人では麻酔をするか選べるようですが、猫では麻酔は必ず必要になります。私も過去に内視鏡検査を受けたことがありますが、喉を常に刺激されるため吐きそうになりますね。猫に麻酔なしで入れると内視鏡を噛んで壊してしまうでしょう。大型犬では大腸の検査(下部消化管)は麻酔なしでもできることがあるようです。
麻酔が必要になるので、内視鏡は1つハードルが高くなります。まずは麻酔なしで、できる検査を行い、診断がつかない場合は内視鏡検査を検討しましょう。また麻酔をかけられないような重症の場合、まずは体調を整え内視鏡に耐えられる状態まで回復させる必要があります。
3.2 届かない場所がある
猫の腸の長さは小腸と大腸を足して2m弱、これに食道、胃を足すと2m50cmほどになります。これに対して内視鏡の長さは90〜110cm、他の動物と比べると奥まで観察できますが、全ての腸管をカバーできる訳ではありません。
3.3 異物の種類が限られる
上の写真のような3cm大のおもちゃは内視鏡で取ることができますが、取れないものもあります。代表的なのが、鋭利なもので針や串などは内視鏡で掴んで引き出すときに腸や食道を傷つけてしまう可能性があります。
また猫で多いビニールテープなどの紐状異物は、腸の中で絡まっていることが多く無理に引っ張ると腸が裂けてしまい大変危険です。
その他、完全にすっぽりと腸に詰まっている場合(消しゴム、スポンジなど)も難しいです。内視鏡の掴む力はクレーンゲームのアームほど弱くはありませんが、とっかかりがないと掴めません。このように意外と内視鏡で取れる異物というのは限られてしまいます。
3.4 採取できる組織は限られる
内視鏡では上の写真のような鉗子で組織を採取します。しかしこのような鉗子で掴めむことのできる範囲は限られており、病気のタイプによってはもっと深くまで検査しないと診断がくだらないことがあります。特に「内視鏡の適応1.2」で登場したIBDと低悪性度消化管型リンパ腫を見極めるときに問題になります。
左の写真のように絨毛や粘膜など、内視鏡で掴める範囲に腫瘍細胞があれば診断可能ですが、右の図のように病気の初期であったり、炎症細胞が混在している場合は診断がつかない可能性があります。
このような場合は全層生検といって、開腹して腸の一部を採取する必要があります。負担が大きい一方で、内視鏡生検よりも診断精度が高いため、全層生検を好む獣医師もいます。また同時にリンパ節や肝臓の生検をする場合は開腹する必要があります。
まとめ
内視鏡は猫でも効果的な検査の1つですが、どんな状況でも適応できる訳ではありません。「異物の摘出は絶対に内視鏡でやって欲しい」という方もいらっしゃると思いますが、上記のように適応じゃないこともあります(猫では意外と内視鏡で取れる異物は少ないです)。
それでも術後の回復の速度をみると、異物摘出や病理検査はできる限り内視鏡でやってあげたいです。さらに動物医療でも腹腔鏡手術(お腹を開けずに手術を行う)も活発になりつつあり、私の友人も力を入れて勉強しています。今後獣医療でもさらなる機器の進歩を期待します。