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甲状腺機能亢進症とは、喉仏の下にある甲状腺が活発になり、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気です。甲状腺ホルモンは体のほとんどの組織に影響を及ぼすため、全身の症状が現れます。10歳以上の猫では8%以上が甲状腺機能亢進症であったという報告があり、高齢の猫で最もよくみられる病気の1つです。

1,概要 2,検査 3,治療 4,予後

1,概要

猫で甲状腺機能亢進症が初めて診断されたのは1979年ですが、患猫数は年々増えています。検査精度の向上、猫の通院数増加がこの病気が増えた要因とされています。現在では猫で最も多い内分泌の病気になりました。

甲状腺ホルモンの性質上、症状は多岐にわたります。「活発になる」「食欲が増える」など病気らしくない特徴的な症状が知られていますが、実際には反対に「元気がない」「ご飯を食べない」猫も検査をするとこの病気が判明することが多々あります。甲状腺ホルモンを適度にコントロールできれば健康な猫と同様な生活を送ることができます。

1.1甲状腺ホルモンの働き

甲状腺ホルモンは全身の細胞に作用して新陳代謝を高め、脂肪などを燃やしエネルギーを作ります。また古くなった細胞を新しい細胞に作りかえます。またカテコールアミン(アドレナリンなど)の作用を強めるため、心拍数が増えたり、血圧を高める効果があります。

1.2 症状

甲状腺機能亢進症の猫は基礎代謝が上がっているため、座っているだけでエネルギーを消費し、体重が落ちていきます。そのためお腹が空き、高齢にもかかわらず食欲が亢進します。一方で、症状が進行すると体力が低下し、食べる元気すらなくなります。そのため元気がない猫でも高齢で痩せていれば甲状腺の検査を行った方が良いでしょう。

他には攻撃的になる、落ち着きがなくなる、よく鳴くなどの「行動の変化」、尿量飲水量が増える「多飲多尿」、そして嘔吐、下痢などの消化器症状がみられます。外見では毛がバサバサになる、脱毛などの変化が現れます。

体重減少 93%
食欲亢進 68%
行動の変化 48%
嘔吐 46%
多飲多尿 43%
脱毛、毛づやの低下 43%
下痢 18%
食欲低下 11%

猫の甲状腺機能亢進症の症状多い順 Frenais R, et al  (2009)

 

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甲状腺機能亢進症の猫の特徴:痩せており毛がゴワついている、黒目(瞳孔)が広がっていることも。

1.3猫の甲状腺機能亢進症の原因

原因は不明ですが、幾つかの仮説があります。1980年代から増加したことが、ペットフードの普及時期と一致しており、フードに含まれる内分泌撹乱物質が疑われています。その他には住宅の建材に使われる化学物質、フード中のヨウ素含有量などが関与しているのではないかなど、様々な仮説があります。また地域によって発生率が異なり、地理的な要因、遺伝的な要因も指摘されていますが、結局詳しいことはわかっていません。

1.4猫の甲状腺機能亢進症とバセドウ病の違い

人の女性に多いバセドウ病も甲状腺機能亢進症の一種です。バセドウ病は抗体が作られ、それが原因で甲状腺ホルモンが過剰に分泌される自己免疫の病気であるのに対して、猫の甲状腺機能亢進症は抗体の関与が確認されていません。

また猫の甲状腺機能亢進症は性別による発生率の差はありません。若い人に多いバセドウ病に対して、猫の場合は10歳以上の高齢猫がほとんどです。

猫の甲状腺機能亢進症 人のバセドウ病
性別 オスメスの差がない 女性に多い
発症年齢 10歳以上(人間換算50代) 20代、30代
病態 不明 自己免疫性疾患

2. 検査

甲状腺機能亢進症の確定診断にはホルモン検査が必要になります。これは血液検査で測ることができます。甲状腺ホルモンにはサイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)の2種類があり、猫ではT4を測ります。

総サイロキシン(T4 または TT4):「ティーフォー」と呼ばれます。T4が高値(通常 5.0μg/dL以上)であれば甲状腺機能亢進症と診断されます。治療効果のモニタリングもT4の数値をもとに行います。

遊離T4 (fT4):「フリーティーフォー」と呼ばれます。fT4はT4に比べ日内変動の幅が小さく、他の併発疾患(腎臓病など)の影響を受けにくい特徴があります。T4とセットで測定することで、より正確に甲状腺の状態を把握できます。

2.1その他の検査

甲状腺機能亢進症の高齢猫は肥大型心筋症、がん、慢性腎臓病、糖尿病などが併発している可能性が十分考えられます。それらの病気が隠れていると治療を行っても改善が見られないことがあります。これらの病気が併発していないか、血液検査やレントゲン検査で全身のチェックを行いましょう。

3.治療

猫の甲状腺機能亢進症の治療は①薬②手術③特別食④アイソトープ治療の4つの選択肢があります。④のアイソトープ治療は日本では動物で行える施設がないので、実質3つの中から選ぶことになります。簡単に特徴をまとめると以下の表になります。

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3.1内服薬によるコントロール

抗甲状腺薬により甲状腺ホルモンの合成を抑え、T4を正常範囲まで下げます。投薬を止めるとT4は再度上昇するため、基本的には生涯の投与が必要になります。

国内で手に入る抗甲状腺薬はメチマゾール、プロピルチオウラシルがありますが、猫ではプロピルチオウラシルでは重篤な副作用が出るのでメチマゾールが使用されます。

副作用:食欲不振、嘔吐、下痢、皮膚炎(顔のかゆみ)、血小板減少、顆粒球減少症、肝毒性など

投与開始から2〜4週間後にT4を測定し効果判定を行います。同時に薬の副作用、腎機能に異常がないか確認します。症状が落ち着くにつれ徐々に検査間隔を長くしていくことができます。

その他の注意事項:甲状腺機能亢進症と慢性腎臓病

甲状腺機能亢進症の猫は慢性腎臓病を併発していることがしばしばあります。甲状腺ホルモンの作用により腎臓への血流が増加している場合、治療により腎臓への血流量が正常になると、腎臓病の症状が現れることがあります。

この場合、どのように治療を行うかは意見は分かれます。ケースバイケースですが、AAFPのガイドラインでは全てのケースで甲状腺のコントロールを行った方が良いと意見しています。その理由は次のような流れからです。

T4が高い状態が続く→高血圧が続く→慢性腎臓病を悪化

高血圧症は慢性腎臓病を悪化させるため、甲状腺機能亢進症により見かけ上腎臓の値(クレアチニン、BUN)が下がっていても、長期的には腎臓病の進行を早めると考えられます。ただし、ステージが進んだ慢性腎臓病(詳しくはこちら)の場合はより短期的に考えなくてはいけません。

3.1.2耳に塗るメチマゾール

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メチマゾールを口から投与できない場合の代替法として、メチマゾール入りクリームを耳の内側に塗る方法があります。耳の皮膚から吸収されます。経口薬に比べ安定し辛いという欠点はありますが、薬を投与するのが難しい場合は良い選択肢になります。国内では発売されていないので輸入をする必要があります。

3.2手術

甲状腺を外科的に切除します。最大のメリットは根治を望める点、そして内服・食事の制限がない点です。麻酔リスク、合併症、残っている腎機能などに問題がない場合で適応になります。比較的若いうちに診断された場合メリットが大きいです。

起こり得る合併症:低カルシウム血症、出血、甲状腺機能低下症、喉頭麻痺、甲状腺機能低下症

その他の注意事項:甲状腺は通常喉仏の下に1対ありますが、これが胸の中まで移動していることがあります。これを「異所性甲状腺」と呼び、この場合喉仏の甲状腺を摘出しても症状が治まらない、また再発する可能性があります。また「第三の甲状腺」といって、甲状腺ホルモンを産生する器官が3つ以上ある猫もいます(ある報告では甲状腺機能亢進症の猫の3.9%)。その場合も同様のことが起こりえます。

また両方の甲状腺を切除すると、甲状腺ホルモンが足りなくなる状態(甲状腺機能低下症)に陥ることもあります。この場合、甲状腺ホルモンを内服薬で補わなくていけません。結果的に手術をしても毎日の薬の投与が必要になります。

3.3特別食

ヨウ素の含有量を制限した食事(y/d:ヒルズコルゲート)を続けることでT4を正常値まで下げることができます。ヨウ素は甲状腺ホルモンを産生するのに必ず必要な成分なので、意図的に不足させT4を下げます。

ヒルズコルゲートの自社データによると4週間以内に75%、8週間以内に90%の猫でT4が正常範囲に戻ると発表されていますが、私が実際に治療した猫での反応率はそれより低く感じます。また投薬、手術を必要としない特別食は画期的な治療方法ですが、厳しい食事制限があり、基本的には生涯y/d以外のフードを食べられなくなります。

y/d治療中に与えてはいけないもの:他のフード、一部のサプリメント(グリニーズピルポケット、フェロビタⅡなど)、猫用ミルクなど。

※詳しくはかかりつけの獣医師に確認してください

y/d自体を食べない猫もいるので、その場合は他の治療を選択せざるえません。y/dはネットで購入できますが、必ず獣医師の指導のもと使用してください。

4予後

予後とは「今後の病状の見通し」です。どの治療法でも猫の甲状腺機能亢進症はT4のコントロールがうまくいけば予後は良好で、健康な猫と変わらない生活が送れます。

少し古い研究では甲状腺機能亢進症は診断されてから余命は約2年と報告されていまいしたが、2015年のデータでは合併症の無い場合は5.3年でした。この病気の猫の発症年齢が10歳以上であることを考えると、ほとんど寿命を全うできるといえるでしょう(猫の平均寿命は約15歳なので)。症状が落ち着いていても定期的にT4、その他の健康チェックは必ず行いましょう。

まとめ

今回3つの治療法を説明しましたが、実際にはメチマゾールによって治療されていることが圧倒的に多いです。投薬が難しい猫、重篤な副作用が現れた場合他の治療方法に移行します。一方で、外科的な治療は若い猫でメリットが大きいです。治療が安定すれば大きく体調が崩れることは少なく健康な猫と同様の生活ができます。治療の選択肢に幅があること、各々の治療法の長所・短所を理解し愛猫に適した治療を選択しましょう。

 

おまけ アイソトープ治療

原理:甲状腺はヨウ素(ヨード)を原料として甲状腺ホルモンを作っています。そのため、甲状腺はヨードを取り込みます。同様に放射性ヨードも甲状腺に取り込まれます。アイソトープ治療でもは放射性ヨードを口から摂取し、甲状腺に集まることを利用して、甲状腺の細胞数を減らすことができます。

メリットとしては1回カプセルを飲むだけで治癒できる可能性があり、手術を必要としない。デメリットは放射性ヨウ素を飲んだ後は3日〜4週間は隔離された場所に入院しなくてはならず、基本的に面会もできません。接種後数日間は放射線を発散し続けるため、他の人への被曝を避けるためです。

放射性物質を口に入れることに抵抗を感じますがアイソトープは副作用は非常に少ない治療方法です。国内の獣医核医学は北里大学でシンチグラフィー検査ができるようになるなど、徐々に承認が取れていますが、アイソトープ治療ができるようになるまではもう少し時間がかかりそうです。

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アイソトープ治療用の入院室

参考資料

・2016 AAFP Guidelines for the Management of Feline Hyperthyroidism

 

“猫の甲状腺機能亢進症のアウトライン” への3件のコメント

  1. とても参考になる記事をありがとうございます。
    我が家の猫も、二年前に甲状腺機能亢進症と診断されました。
    内服薬の処方を受け、幸い副作用も出ず数値は安定しています。
    この病気の猫は、合併症が無ければ余命は5年程なのですね。
    全く知らず、数値が良ければ問題なく健康に生きれるのかと勝手に思い込んでいました。ちゃんと考えれば病気なのだから当然ですよね。
    うちの子の残り時間がどの位か分かりませんが、大切に向き合って過ごしていきたいと思います。
    この記事に出会えて良かったです。ありがとうございます。

    1. yukinokomさん こんにちは。甲状腺機能亢進症を発症する猫がほとんど10歳を超えています、そのため5年ほどすると猫の平均寿命に到達してしまうので、このような予後になるのだと思います。これからも愛猫ちゃんをたくさん可愛がってあげてください。

  2. 18歳を迎えた猫を飼っています。
    約1年前に甲状腺亢進症の診断を受けました。
    診断時にメチマゾールの処方を頂き投与しましたが、皮膚に副作用と思われる
    症状が出たため再度診察を受けました。
    先生の見立ては『副作用の事例は無い。食物アレルギーなのでは?』
    しかし、食事はそれ以前から同じもの。
    飼い主としては薬の副作用の疑いが晴れず、治療の変更をお願いしました。
    (結果、投薬をやめて一週間ほどで皮膚の症状は治まりました。)
    そして、今度は食事療法のy/dに変更。
    でも、その際『他のフード、おやつは与えてはいけない』等の説明は一切無かったんです。結局、y/dには食欲も示さなかったため、食事療法も諦めました。

    猫の平均寿命は15歳。
    それより遥かに長生きしてくれているこの猫に今は飼い主として
    『治療よりも安心できる毎日』を選んで、好きなものを好きな時に食べさせています。

    18歳の仔だからそんな選択も出来ましたが
    副作用、食事療法の注意点・・・もう少し説明が欲しかったなと思います。
    説明いただくだけでも、飼い主としてはいろんな選択が出来るのに・・・。

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