動物病院で「この薬は研究ではまだ効果は証明されていないが、経験的に効く可能性がある」または「このサプリメントには科学的根拠がないので、効果は判断できない」というような説明を受けた経験はないでしょうか。

これは 現代の医療が「根拠に基づく医療」をベースにしているからです。「根拠に基づく医療」と聞くと非常に固い印象を受けますが、簡単にいうと「効果があると客観的に証明された薬を使ったり、手術をしましょう」ということです。

そんなの当たり前のことではないかと思われますが、実際はそうでもありません。この概念が確立する前は、効果がありそうだけど実際には全く効果がなかったり、むしろ悪影響がある薬が使われていた過去があります(後述)。

根拠に基づく医療とは英語でEvidence Based Medicine といいEBMと訳されます。このブログのコラムにもエビデンスとして論文を引用しているものもあり(例:喫煙週間と猫のリンパ腫の関係)、EBMを知ることで、猫の医療をより深く理解することができます。薬だけでなくサプリメントやフードを選ぶ際にも前提として、この概念を知っておくことが非常に大切です。

1.エビデンスとは  2. EBMの利点  3.EBMの欠点  4.まとめ 伝えたいこと

1.0 エビデンスとは

「この治療法が良いといえる証拠」となります。これは悪い影響でも使われる言葉です。

例) 先ほどの飼い主の喫煙習慣とその猫のリンパ腫の発生率では、80匹のリンパ腫の猫の飼い主と、168匹の同世代の猫の飼い主にアンケートを行いました。その結果リンパ腫の猫の飼い主では喫煙率が明らかに高いことがわかり、受動喫煙により猫もがんを発生する確率が高まることが明らかになりました。このような客観的な研究によって、一定数以上の猫でとったデータがエビデンスになります。

反対に、著名人がこのサプリメントを飲んで長生き健康である、というのはエビデンスになりません。著名人は有名で影響力が大きいですが、科学的にはたった1人の人間による結果であって、その方がサプリメントを飲んでいなくても長生きである可能性が十分考えられるからです。

猫の場合は「このサプリで末期腎不全が治った猫、〇〇ちゃんの紹介」という形で広告が打たれていることがあります。しかし、獣医師として働いていると驚くほど生命力が強い猫を目の当たりにすることがあります。危機的な状態から奇跡的な回復を見せたり、突然ガンが検出されなくなりそのまま元気に過ごしている猫などです。そのような猫たちは特別な事をしていたわけではありません。

そう考えると、もしかしたら広告で紹介されている猫も元々生命力が強い猫だったのかもしれません。やはり一定数以上の数を集めてそのサプリメントを飲んだ猫と飲んでいない猫を比べて見ないと実際の効果を測ることは難しいです。

 

1.1エビデンスには良し悪しがある

この世界にはたくさんのエビデンスがありますが、良いエビデンスと悪いエビデンスがあります。エビデンスの良し悪しの判断は、まさにその獣医師の治療方針に関わる部分です。エビデンスの質には様々な要因が絡むので、基本的にその分野の専門家でないと良し悪しを判断するのは難しいです。

またエビデンスをどう解釈するか、によって意見が異なります。獣医師間でも治療に対する意見が異なるのは、これが原因の1つです。飼い主さんを混乱させる要因になってしまっているのは大変申し訳ありませんが、最近では治療内容が高度になり、薬の種類も増えました。どのエビデンスを基に治療を行うのか、エビデンスをどのくらい重視するのかによって、考え方に差が生まれています。

 

1.1.1 エビデンスの質その1 データの大きさ

エビデンスの質に左右する因子で、比較的わかりやすいのはデータの大きさです。ざっくりいうと、たくさんの猫からデータを取った方が良いエビデンスになります。データ数が多い方がバラつきが少ないので、”薬が効く”という判定(有意差)がつきやすくなります。

例えば、タバコと猫のリンパ腫の研究ではリンパ腫の猫のデータ数は80匹です。一方で、人のタバコの影響を調べる研究は数万人単位です(2001年に発表された研究では5万人超)。もちろん両者を比較した場合、人の研究の方が信頼できる研究といえます。

80匹というと非常に少なく感じますが、猫の研究では数百匹参加していればまずまず集めたな、という印象を受けます。世界的に猫の飼育頭数は犬を超えていますが、まだまだ研究は犬の方が多いです。

猫はなぜデータが少ないか、、

その理由としては、猫は来院・検査ストレスが犬よりも大きいため、モニターが途切れてしまう、また猫のオーナーさんはあまり積極的な医療を望んでいない傾向にある、猫はポーカーフェイスなので治療効果を判定しづらい、などが考えられています。

また小動物獣医学の主役は長年犬でした。犬の方がより早く人と暮らすようになり、猫よりも先に動物病院で医療を受けることが一般的になりました。猫が動物病院で治療を受けるようになったのはここ20年ぐらいでしょうか、とても最近のことです。一昔前は猫は外で飼われ、猫が病気になっても寿命と考え、手術まで行う人は少なかったです。そのため猫よりも犬の研究がニーズがあり、優先的に行われてきました。

最近では猫の研究にも力が注がれ、複数の病院で協力して研究データの参加頭数を増やす試みが増えていますが、それでもエビデンスが不足しています。

 

1.1.2 エビデンスの質その2 研究の方法

エビデンスの質は研究のやり方によっても異なります。上の方の「ランダム化比較試験」というのは同じ条件の猫をランダムで分けて薬を使った猫と、使わなかった猫でどのくらい治療効果があるか調べる方法です。

一方で下の方の「症例対象研究」というのは、すでに病気になってしまった人の原因を過去に遡って探そうとする研究です。例えば肺がんの患者さんに過去の喫煙歴を質問して、どのくらい喫煙が悪影響か調べます。しかし、どうしても過去のことを思い出して評価するので、ズレが生じてしまいます(思い出しバイアス)。そのためエビデンスの質では下に位置しています。

1.1.3エビデンスの質 その他、バイアスと統計など

バイアス

エビデンスの質には参加した猫の条件、モニタリングの精度、統計処理の方法、など多くのことが絡みます。それらの過程に、偏りがあると途端にエビデンスの信頼性が下がります。この偏りを「バイアス」と呼びます。

例えば猫の受動喫煙とリンパ腫の論文では、猫白血病ウィルスの感染歴の情報が欠けています。猫白血病ウィルスに感染していると、リンパ腫の発症率が大きく高まります(そのため殆どの猫のリンパ腫の研究には感染の有無が記録されている)。もし受動喫煙をしていた猫のグループに猫白血病ウィルスに感染していた猫が偏っていたら(バイアス)、実際よりも受動喫煙の悪影響が強く評価されてしまいます。

プラセボ効果

偽薬の投与によってみられる治療効果をプラセボ効果といいます。例えば、ただの砂糖の粒をそれっぽくコーティングして痛み止めとして処方すると、患者の痛みがなくなったり、反対に吐き気を催すことがあります。プラセボ効果は侮れず、人によっては本当に病気が治ることもあります。

動物医療の場合、プラセボ効果は猫ではなく飼い主さんと獣医師にかかります。薬を飲んでいるからなんとなく元気そうに見える、獣医師としても薬が効いていると信じたい、などが動物医療のプラセボ効果です。

そのため実験を行うためには効果を知りたい薬と、砂糖玉、どちらが処方されている処方した獣医師、受け取った飼い主さんがかわからない状態で効果の比較を行います。これをダブルブラインド試験(二重盲検法)といいます。

統計

エビデンスを判断するには統計学を理解する必要があります。またその分野について広い知識も必要になるので、統計学を収めた人でも自分の専門外の分野のエビデンスだと正しく理解できないことがあります。統計学をより詳しく学びたい方は下記の本を読んでみると良いでしょう。
 

 

 2.0 科学的な研究によって明らかになった事実 

CASTスタディ

CASTスタディという有名な人の心筋梗塞の研究があります。心筋梗塞を発症した後にPVCという不整脈を起こしやすく、それが原因で亡くなってしまうことが知られていました。そのためそこでPVCを予防する抗不整脈薬を処方すれば死亡率が減ると多くの医師が考え、実際に実施されていました。

しかし客観的な研究によるデータを出した結果、抗不整脈薬を処方されているグループの方が死亡率が高いことが明らかになりました。良かれと思って飲んでいた薬が実は、死期をはやめていたのです。

実際にこの薬を飲んでも長生きした人も、薬を飲んでいなくても早期に亡くなってしまい人もいました。この研究は大きな数の患者を集めて比較してみないと実態は明らかにならない、という教訓になっています。

ストレッチの話

写真は猫ですが、人のストレッチの話です

運動部に所属していた方は練習や試合の前に必ずストレッチをしていましたよね。これは怪我を予防し、良いパフォーマンスをするためと教わってきました。しかし、最近の研究ではストレッチ(静的)をした方が競技成績が落ちるという報告が多数あります。

今までのストレッチはなんだったんだろうと感じますよね。こういったすでに常識になっているものでも、科学的な研究を行ってみると実は意味がなかったり、むしろ悪影響になっているものが他にもあるかもしれません。

 

 

3.0 EBMの欠点

病気についてインターネットを検索すれば、様々な情報で飛び交う現代において、EBMは情報の整理に非常に効果的な方法です。しかしエビデンスの解釈が複雑になりすぎて、専門家以外は理解が難しいという側面もあります。またエビデンスは薬の認可や売れ行き強い影響力を持つため、実際には大した効果がない薬を事実以上に効果的に見せ、誇大広告を行われたことがあります。

3.1エビデンスに当てはめただけの医療という誤解

EBMは単に「エビデンスのある治療を行いましょう」ということではありません。患者(私たちの場合は猫)の状態、そして飼い主さんの希望をヒアリングした上で、エビデンスを元に最適な医療を選び、猫と飼い主さんの幸せを支える、ということがEBMです。エビデンスを①としたら、②猫とオーナーの希望、③病院の設備・技術の3つを組み合わせて治療を行うのが「根拠に基づく医療」です。

特に猫医療では、猫がストレスを受けやすい性格の場合は来院頻度を減らしたり、薬の数を絞らなくてはいけないことは日常茶飯事です。どんなに優れた薬でも投薬を嫌がり、生活の質を落としているのではその薬を処方することは良い治療とはいえません。

また実際に家で看病をするのは飼い主さんであり、単身や共働きの家庭では十分な時間を愛猫の介護に割けないかもしれません。そういった背景を含めて治療内容を決めなくてはいけません。

そして自院のキャパシティを理解し、必要があれば専門的な機器や技術が必要な治療は二次病院や専門家と協力しながら治療することが大切です。CTやMRI装置による画像診断や、高い専門技術が必要な手術(複雑な整形外科手術など)がこれにあたります。

3.2 作られたエビデンス

患者数の多い薬の売り上げは数千億円にもなり、既存の薬よりも効果が大きいというエビデンスがあるかないかで、売り上げに雲泥の差が出ます。そのため、実際には効果が薄い薬でも効果を誇張したエビデンスが作られることがあります。実際に日本でも後追い調査によりエビデンスが撤回されている例もあります。そのため臨床医は常に疑いの目を持ってエビデンスを読まなくてはいけません。

下記の本はイギリスにおける薬の承認と臨床試験の問題点を指摘している本です。読んでみると、いかに大きな金が動いているか、そしてエビデンスを正しく解釈することがいかに難しいかわかると思います。

またエビデンスがあれば信頼できるという考えを逆手にとって、誰も知らない学会やずさんな研究方法で発表されているものもあります。これらはその分野の人が見れば一目瞭然なのですが、知らない人が見ると信用してしまうかもしれません。

3.3 EBMは完璧ではない

まだまだ医療ではわかっていないことが多いです。現代ではEBMの概念は必ず学生時代に教わりますし、主流になっていることは間違いありません。ただし科学的根拠を得るためのアプローチは西洋医学の薬に有利であるという指摘もあります。

漢方や鍼治療などは体の構造を包括的に捉えて治療を行います。そのため生存期間や血圧の低下など数値を軸に考える従来の方法では、根拠として認められにくい性質があります。

例えば私も漢方を自身で飲むこともありますし、猫にも処方します。「エビデンスがあるものしか使用しない」と固執すると、選択肢が狭まり(時に0になることも)結果的に猫と飼い主さんのための医療でなくなってしまうことがあります。またエビデンスは結局は確率であり、各々の患者(猫)に効くか否かは別の話になります。

まとめ

今回はエビデンス、EBMという言葉を紹介しました。EBMは非常に客観的で、患者さんにとって正しい医療を行う上で重要な概念だと思います。しかし時には怪しいエビデンスもあります。1つのエビデンスに鵜呑みにすることは危険です。また自分の専門外の分野ではその良し悪しを判断することはさらに難しくなりますので、自身で判断せずにその専門家に話を聞くことをお勧めします。

しかし、専門家でもどのくらいその研究を参考にするかは意見が分かれ、それが獣医師同士でも意見が変わってしまう原因になっています。「なんであんなに言うことが違うのか」はエビデンスの解釈の差から来ていたんですね。

私が伝えたかったととは、この言葉を知っていると治療を選ぶ上で、またサプリメントやフードを選ぶ上でも役に立つということです。時に他社製品の危険性を実際以上に煽ったり、また一見すごく効果的であるかのような広告を目にします。そういった広告は何を根拠に書いてあるのか?と考えると真実に近づけると思います。

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