下痢パネル検査は、遺伝子検査の技術を使い、下痢の原因になりうる細菌やウィルスを簡単に調べることができます。便検査といえば顕微鏡を使って虫卵や寄生虫を見つける方法は一般的に行われますが、見逃しや病原体の特定に限界があります。より確実に感染症の有無を調べることができます。

一方で、結果が出るまで数日かかる点、検査費用が通常の便検査よりも高い点がネックになります。初日に行う検査ではありませんが、慢性的に下痢が続いており、感染症の有無をはっきりさせたい時に有効な検査だと感じます。

下痢の原因、特に若い猫は大きく分けて「感染症」か「それ以外」の2つの原因に分かれます。仮にこの検査が陰性であれば、「それ以外」の可能性が高まり食事療法の提案などに進むことができます。

下痢パネルは便利な検査ですが、10種類もの病原体の結果がでる上、その解釈が少々難解です。一度の説明を受けただけでは覚えられる量ではないので今回ブログでまとめることにしました。

猫下痢パネルで検査できる病原体

猫コロナウィルス FCoV(Feline coronavirus)
猫汎白血球減少症ウィルス FPLV(Feline parvovirus)
クロストリジウム・パーフリンゲンス α毒素 Clostridium perfringens αtoxin
ジアルジア Giardia sp.
クリプトスポリジウム Cryptosporidium sp.
サルモネラ Salmonella sp.
トリコモナス・フィータス Trichomonas foetus
トキソプラズマ Toxoplasma gondii
カンピロバクター・ジェジュニ Campylobacter jejuni
カンピロバクター・コリ Campylobacter coli

これら10個の病原体が「+」または「−」という結果が出ます。実際の結果報告用紙がこちらです↓

 

それぞれの病原体の結果解釈

⒈猫コロナウィルス (FCoV)

軽度の胃腸炎を起こすウィルスですが、健康な猫から検出されることがあるため解釈には注意が必要です。症状が軽度であることから感染しても気が付かれず蔓延しやすい特徴があります。保護施設やブリーダーなどの環境では最大80%の猫が感染しているという報告もあります。1〜2頭飼育の猫、野良猫でも25%ほどは感染しています。感染していても症状を示さない猫も多く、陽性であっても下痢の原因ではない可能性が高いです。

症状:無症状、もしくは軽度の消化器症状

治療:通常必要ない

予後:良好

※猫伝染性腹膜炎(FIP)について

猫コロナウィルスが陽性だった時に、猫伝染性腹膜炎(FIP)について質問を受けることが多いです。FIPは猫コロナウィルスが関与しており、また死亡率が高い恐ろしい病気ですので心配される気持ちもわかります。しかしFIPの発症原因は特殊で、猫コロナウィルスが猫の体内で変異することで発症します。ほとんどの猫は変異しません。FIPに関連する症状(発熱、黄疸、腹水、胸水など)がなければ、下痢パネルで猫コロナウィルスが陽性であっても直ちに心配する必要はありません。

猫伝染性腹膜炎(FIP)について詳しくはこちら

 

2.猫汎白血球減少症ウィルス(猫パルボウィルス FPV)

猫汎白血球減少ウィルスまたはパルボウィルスと2種類の呼び方がありますが、同じウィルスです。猫パルボウィルスは猫コロナウィルスと違い、強い消化器症状(嘔吐、下痢)が出ます。そのため猫パルボウィルスが陽性の場合は、それが原因で下痢をしていると解釈して良いです。下痢パネルの検査の中で最も症状が強く、感染性も強いため最も警戒すべき病原体です。

症状:強い消化器症状(嘔吐、下痢)だけでなく、白血球減少症、血小板減少症、運動失調など多岐にわたる

治療:特効薬はなく、点滴と栄養補助を積極的に行う。そのほか予防的な抗生物質の投与、インターフェロン注射などを行われることがある

予後:猫パルボウィルスは致死率が高い(子猫では90%)危険な感染症である。感染が疑われ時点で直ちに他の猫と隔離する必要がある

 

3.クロストリジウム・パーフリンゲンス(ウェルシュ菌)α毒素

この中で唯一、病原体そのものではなく、細菌から産生される毒素を検出しています。クロストリジウム・パーフリンゲンスは人や動物の腸内にもともと存在する常在菌ですが、一部の菌は毒素を産生し下痢や嘔吐の原因になります。

この検査が陽性の場合は下痢の原因であると考えられますが、常在菌の1つであり健康な猫でも陽性の結果が出るので注意が必要です。検査結果と現在の症状が合致する場合は治療しましょう。

症状:中程度の消化器症状(下痢、嘔吐)

治療:抗生物質(アモキシシリン、タイロシンなど)、食事療法(高線維食)

予後:この菌が原因で危険な状態に陥ることは稀ですが、慢性的な下痢が続くことがあります。また再発しやすいため、改善後も食事療法を続けることが大切です

※ボツリヌス中毒で有名なクロストリジウム・ボツリヌスと同じグループに属しますが、症状や毒性などは全く異なります

 

4.ジアルジア

Wiki ジアルジア

ジアルジアは寄生虫の仲間です。下痢の猫でジアルジアが陽性の場合、これが原因で下痢をしていると考えて良いです。ジアルジアは人にも感染する人獣共通感染症なので注意しましょう。感染猫の便を介してうつることが多いです。

症状:中〜重程度の下痢

治療:駆虫薬(メトロニダゾールなど)

予後:通常は駆虫薬に反応がみられ数週間で治癒

 

5.クリプトスポリジウム

この病原体も寄生虫の仲間です。クリプトスポリジウムは猫にはそれほど病原性が強くないため、感染していても症状が現れないことが多いです。しかし、この病原体も人にも感染する人獣共通感染症ですので症状がなくても注意が必要です。

症状:軽〜中程度の下痢

治療:駆虫薬(アジスロマイシンなど)

予後:多くの場合無症状で自然に治癒する。感染猫の便の扱いに注意。

 

6.サルモネラ

食中毒で有名なサルモネラですが、猫でも感染した動物の便が付着した食物や水を摂取ると感染します。しかし、成猫はサルモネラに対する自然抵抗性が強いので感染していても症状が出ないことが多いです。

症状:無症状、若齢または高齢の免疫力が低下した猫では下痢

治療:支持療法(水分点滴、栄養補助)

予後:多くの場合無症状で自然に治癒する。感染猫の便の扱いに注意。

 

7.トリコモナス・フィータス

Wiki トリコモナス

トリコモナスもジアルジアと一緒の原虫の仲間です。頑固な慢性的な下痢が続いていて、トリコモナスが陽性であればこれが原因と解釈して良いです。トリコモナスは感染した猫の便からうつることがほとんどで、ブリーダーや保護施設で蔓延しやすい病原体です。

症状:慢性の水溶性下痢、時に粘血便になることも

治療:駆虫薬(ロニダゾール、チニダゾールなど)

予後:駆虫薬を投与して除去できないことや、症状が改善しても再発することがある。また、無治療でも自然に改善するという報告もある(最長2年かかるが)

 

8.トキソプラズマ

妊娠中の流産の原因で有名なトキソプラズマですが、猫は感染していても通常無症状です。そのため下痢の原因になることは稀でしょう。免疫が抑えられている状態では神経症状(首が傾く、まっすぐ歩けないなど)が出ることがあります。これも人獣共通感染症です。妊娠中のトキソプラズマの注意について詳しくはこちら。

症状:通常無症状

治療:駆虫薬(クリンダマイシンなど)

予後:感染後、トキソプラズマの卵を便中に排泄するので注意

 

9.10カンピロバクター・ジェジュニ/コリ

Wiki カンピロバクター

カンピロバクターは人の食中毒で有名です。しかし猫では下痢の猫と健康な猫でカンピロバクターの感染率に差がなかったという報告があり、必ずしも下痢の原因になっているとは限りません。

症状:若齢猫で下痢、血便を認める

治療:抗生物質(エリスロマイシン、エンロフロキサシンなど)

予後:抗生物質に反応すれば良好

 

まとめ

○:下痢の原因になっている可能性が高い △:下痢の原因ではないこともある ×:下痢の原因になっている可能性は低い

簡易的にまとめると上の表になります。下痢パネルは+と−で結果がでるので一見わかりやすいですが、解釈は病原体ごとに異なります。人では食中毒として有名なものでも猫では症状が出にくいこともあるので、動物種によって考え方が異なることも覚えておきましょう。下痢パネルの結果、特に△のものについては主治医の指示に従ってください。

参考文献

・DIAGNOSTIC UPDATE 犬下痢パネル・猫下痢パネル 2009

・猫の診療指針 Part2 緑書房

 

“猫の下痢パネルPCRの解釈” への3件のコメント

  1. 下痢パネルで、クリストジウムのみ、陽性の結果でした。抗生剤と整腸剤で治療することになりました。高齢になり、環境ストレスにより猫風邪になったり、運動能力も落ちてきて、遊ぶことは殆どなくなりました。
    幸い血液検査などの健康診断で他の病気はありませんが、プロバイオティクス摂取で腸内環境をよくするには、どの位の期間が必要でしょうか?抗生剤の服用で、善玉菌が死滅してしまい腸内環境が悪くなってしまわないか心配です。

  2. 初めてコメントさせていただきます。
    わが家の下痢が続く猫も下痢パネルを受けました。
    +だったのはコロナウィルスのみでした。
    この記事を読むと下痢の原因にはならないことになります。
    そして下痢は一向によくなりません。
    これ以上の検査は何ができますか?

    1. 下痢パネルでわかるのは感染性の原因だけですので、それ以外の可能性が考えられます。具体的には超音波検査、内視鏡、食事を変えて反応をみる、膵臓の検査、甲状腺の検査などがあげられます

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